第12話

 翌日、騎士団が村周辺の警戒を担当した夜は野獣の襲撃が何度か起きたものの概ね何事もなく明けた。

 ウズメは当初の指示通りに先日数時間で建てた宿舎と比べ頑強で清潔感のある建物を小さいながらも建て終え、早朝に黒江を叩き起してシステムチェックを行うため箱に入りスリープモードに入った。

 夜間警戒に当たっていた騎士によるとそれはもう獅子奮迅の動きで中の家具まで作っていたらしい。黒江はそれを聞きひとまず怪我人の搬送が終わるまでスリープモードを継続させておくことに決めたところでクロークが先日建てた宿舎の扉を開け。

「クローリオ殿は居られるか」

「さっきウズメに起こされたところだ、何かあったのか」

「いえ特には。野獣の襲撃は何度かありましたが、血の匂いに寄せられた連中でしょう」

「そっちのほうが神経すり減りそうだけどな、いつ来るか分からない言葉の通じない連中の相手なんだからさ」

 ついでに言えば対人の戦法も通用しない相手である。

「先日は言いそびれましたが、我々の主任務は野獣討伐なのですよ。無論対人訓練も他の部隊に負けているつもりはありませんがね」

「ということは深夜の報告だけ?」

「それもありますが、本題は重症者のことですね」

 それを聴いて黒江は身体をクロークと向かい合うように姿勢を正した。

「医療魔法の使える騎士は数人いますが、足りないのです。ウズメさんの頑張りにより完成した医務屋に移送できるものはして、魔法に頼らない治療を行うにしても……」

「移送に耐えられないくらい消耗している人が無理か」

「はい」

 その可能性は考えていないわけではなかった。

 教会以外、人もまとめて焼かれたのだからそういう人が居てもおかしくない。居ないほうが奇跡と言えるほどの被害なのだ。

「少し休ませてやれると思ったが、仕方ないか。ウズメ起きろ」

 黒江が起動を指示すると、箱に収まったままウズメが反応する。

「ウズメは今スリープモードに入ったばかりなのでご勘弁を」

「絶対聴いてただろうが、救命最優先だ。正直お前じゃないと無理だろうからせめて処置してからシステムチェックに入ってくれ」

「ウズメちゃんすごく頼られてしまっています、そこまで言われたら断るわけには行きませんね、頑張っちゃいますよ」

 そう言い箱から出てくる。

 ウズメの身長より小さい箱には各関節を大破壊前のアニメに出てくるような可変ロボットのような動き方をして収まる形式が採用されており、今目の前でも胴体部に半分埋まった頭部が電動音と一緒に飛び出したり、腰が180度回転しながら伸びたりと事情を知らない子供が見たら泣き出しそうな光景が繰り広げられている。

「イーストエンドの技術を始めて目の当たりにしている感じがして、その……凄いですね」

 クロークも割と引いているような口調でウズメの変形を見ている。

「その言い方だと俺たち以外で見たことあるのか?」

「私はこれでも王都出身ですからね、簡単なものは見ているのですがウズメさんのような技術は始めてですね」

「成程、ということは上下水道や浄水装置が完備されているだろうし電気も少なからず普及してるはずだから民生品は見たことあってもおかしくないな」

 黒江の質問と同時にウズメが医務屋のほうへ向かうのを眺めながら二人は雑談をする。

「ところでご飯のほうはどうなっているんだ」

「村の皆さんで畑の野菜と備蓄で暖かいものを作ってくださっています」

「火は大丈夫なのか、昨日の今日で……」

「火の取り扱いは直接見たり嗅いだりしていない方が申し出てくれましたので」

 ここでいう火は大丈夫というのは、村の襲撃時にそれによって家を失ったり、場合によっては人が焼けるところを目の当たりにしていた場合の精神的……PTSDになっている可能性が極めて高い。

 そのような経緯でPTSDになった人は基本的に火を怖がる。

 それこそライターやマッチの火程度であっても必要以上に。

「とは言えまだ誰が火を見て発狂しだしてもおかしく無い以上は……」

「騎士団から野営時の炊事担当もつけていますので……2名程度ですが」

 クロークが言い終わると同時に芋とスープの匂いが漂ってくる。

 それと同時に二人の腹の虫が鳴いた。

「……食べに行くか」

「そうしましょう……」

 二人の意見が一致したタイミングで、アーカムがご飯ができたと宿舎のドアを勢いよく開けまだ寝ていた人が全員目を覚ました。



 朝ごはんはつつがなく済んだ。

 井戸に毒を入れていた可能性も騎士団や村人は考えていたようだが、昨日のうちにウズメの検査結果を聞いた黒江が目の前で飲んで見せたため悶着なく調理できたことが大きい。

「それで、騎士団のほうでは今後どんな予定にしたいんだ」

 騎士団の炊事担当が仕込み前の鍛錬ついでに作ったらしい食器を片付けながら黒江が質問を投げかける。

「援軍が来るのがわかっているのなら籠城が安定ですが……食糧と水が確保できてもやはりきついですね」

 クロークはそこで間を置く。

 黒江も何が足りないのか理解しているため特に聞き返しはしない。

 足りないものは、薬をはじめとする医薬品である。

「野盗の集まっている街道を避ける獣道を通ってってのは……流石に危険すぎるな」

「はい、こちらも既に計算してみましたが最寄りの町まで行き帰ってくるのに二日はかかります」

「保険とするにはリスクのほうがでかいな、こっちのも明後日来る予定だからあまり意味はないしな」

 黒江が保険という単語を使った理由は、上司の手配した部隊が何かしらのトラブルに見舞われた場合を想定してである。

 何しろ大陸を横断するような空路で、大破壊で最も残留物の多い地域が旧アジア地区はその上空にも影響が広がっている。

 数世紀かけていくつかの航路は確立しているものの、気象条件等を含めるとまだ航路が足りていないのが実状で地表も汚染が残っていて中継地点を作れないまま現在に至っている。

「えぇそれに哨戒中の団員の報告から連中が普段山や森を根城にしている連中なのが判明しています」

 つまり想定したコースは野盗のホームであるのだ。

「規模は判明した?」

「完全ではないですが、古代兵器が2・3両、構成員の全体像は掴めていませんが、少なくとも100人は超えているかと」

「野盗って感じの規模と戦力じゃねぇよなぁ」

 ユベルニクスランドにおける野盗は、基本的には仕事に溢れた傭兵が中心で腕に自信があってプライドが高く、あまり徒党を組むことはない。

 それが判明している範囲で100名を超える規模になっているという時点で異常事態なのだ。

「私の部隊が20人の中隊、それにクローリオ殿の力を借りても……」

「こちらは正規の軍事訓練を積んで装備の質がいいことを加味しても厳しいな……、いや厳しい状況なのはわかってはいたが聞いてみると改めて実感するな」

「それに医薬品の問題もありますからね」

「民間人を守りつつ、医薬品も足りていないか。要塞籠城だったとしても気力や士気が下がるには十分すぎる状況構成だ」

「実際、撤退可能ならそれを判断するに足るだけの要素は揃っていますね」

「割と手詰まりだな……」

 黒江とクロークが二人で悩んでいると、アーカムが食器の回収で歩いてくる。

「何を悩んでるの?」

「あぁいえ……」

 アーカムの問いにクロークは言い淀むが。

「村の今後でな、このままだと色々きついんだ」

 黒江ははっきりと返す。

「具体的には医薬品が足りない。戦力も足りてないが戦力の質の差を考えればまだなんとでもなるが物資はどうにもならないからな」

「なんだ、薬草でいいなら私でもなんとかできるよ……かなり疲れるけど」

「「へ・・・」」

 アーカムの『出来る』という言葉に二人の動きは止まる。

「最初の自己紹介のときに言ったと思うんだけどなぁ……作物とかの生育促進する魔法が使えるって」

 その後アーカムによる魔法の実演が行われた。

 医薬品の問題はなんとかなると二人は判断するには十分な効果があった。

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