第10話
通信報告を終えて教会広場に戻るとクロークとアーカムが話し合っている。
両者が黒江を見つけ駆け寄るのを見て。
「とりあえず回っては見たものの使えそうなのは無いな、利用出来そうな家具や食器もその辺の木を伐採して削ったほうが楽かもしれん」
それを聞いたアーカムは表情を暗くして足を止めるが、クロークはそのまま黒江に近寄る。
「ところで、クローリオ殿の国から援助などは得られそうでしょうか。このような状況では条約で援助を得られたと記憶しているのですが」
「それは大丈夫だ、状況を報告したらすぐに送ってくれるとの確約を得られた。その辺は信用出来る上司だから安心していいぞ」
「成程、クローリオ殿が言うならそうなのでしょう。到着日数はいかほどで?」
「流石に物理的な物はどうにもならない以上、かなり速い場合は明日だが日暮れ以降確定、一番ありえるのは人員と物資の積み込みに輸送手段の整備で三日見るべきだな」
「三日ですか……我々騎士は大丈夫ですが民間人の気力が心配ですね」
「気力ってことは特に目立った怪我とかは無いと考えていいのか?」
クロークが口を開くより先にアーカムが割ってはいる。
「うん、子供や若い連中はまだいいけど年寄り連中がちょっと厳しいかもしれない。元々村の人口割合で言えば年寄りのほうが多かったけども、今回の生き残りでそれが更に大きくなったから村人だけだとやっぱり厳しいと思う」
元々過疎が進んでいた農村――もしかしたら林業が中心だったかもしれないが――なのだろう、人口比率が逆ピラミッドになりつつあったところに野盗の襲撃で血気盛んな若者がやられてしまい労働人口が減ったというところだろうか。
「フレイクレスにおける平均寿命と過疎地域のデータを比較すると、一応労働可能年齢ではあるかと。少し酷かもしれませんが可能な労働をしていただくことも必要かと思われます」
ウズメが当人か本部か分からないが、記録されていたであろうこの国の基礎データから提案をしてくる。
「それも一つの案だと思うが、持病とかも考慮しなきゃならんからな」
科学技術と医療技術は完全イコールではないものの、それ相応に影響を受ける。
こちら側では科学技術が大破壊前の16世紀頃の水準にイーストエンドから提供されたいくつかの社会インフラ及び医療知識や技術があるものの、イーストエンドでは完治可能ないくつかの症状がこちらでは不治、または致死のものであることも少なくなく、概ね結核が顕著な例だろうか。
とは言え大破壊の余波の影響でダイアウルフのような変異した動物がいるのと同じで人間もある程度変異しているらしく、イーストエンドでは未だ不治だがこちらではそもそも罹患しなかったり、特殊な手段で治療が可能だったりするため食糧生産以外の部分でもイーストエンド側がフレイクレスを頼る場面は意外と多いのである。
「この村に致命的な持病を持った人は居ないよ、ただ単純に男連中の多くがやられて自分たちの村の復興すら頼らないといけないくらいなわけだし……」
「魔法はどうなのですか?」
「ただの辺境の農林業主体の村に大それた魔法が使える人間は居ないよ、私がかろうじて農作物の成長促進魔法が使える程度だし」
「そういえば魔法は見たことないな」
黒江の、ふと出た素の感想であった。
クロークは知識があったため一瞬であったが、アーカムのほうが声をあげるほどの驚きに即座に変わる。
「え、魔法を見たことない?本当に?」
イーストエンドをよく知らない一般人の模範的反応である。
大破壊後の影響があまりなかった黒江の母国では人間の能力は大破壊前とそれほど変わっていないが、それ以外の地域では何かしらの変異症状が見られている。
ユベルニクスランドではファンタジーに見られるような『魔法』と呼ばれるような異能力が一般普及する程度に民間人レベルで使用される。
最近ではイーストエンド出身者でも魔法が使えることはできないかと研究が進み、後天的に国の承認を得た薬物投与による処置を受け訓練すれば使えたりするらしいが、必須技能ではないし管理登録されるため行動の自由に大幅な制限が発生する高額処置であるのも相まって変わり者かファンタジー好きのオタクくらいしか使えないものという認識なのだ。
その点生まれつき素養のあるユベルニクスランドの人たちは日常に密着したものであり、ちょっとしたことで魔法が使われる。アーカムの言った成長促進魔法もその一つだ。
最も魔法というのはファンタジーで描かれるような超現象ではなく、同じ現象を起こせる科学技術で代用が利くものが大半で、成長促進魔法も有機肥料より植物への影響が少なく促進率が少し高い程度のものらしい。
「イーストエンドの人は生まれつきの素養がありませんから見たことがないのは当然かもしれませんね」
アーカムの疑問に対しクロークが補足する。
「そうなの?じゃあ灯りとか料理の火はどうしてるのさ」
「それに該当する魔法以外の技術が発達しておりますので問題になりません。むしろ灯りや調理に関しては魔法のそれより効率よく明るいですよ」
今度はウズメが補足する。
その魔法でない技術の塊であるウズメとしては説明役は譲れなかったのだろうか、補足したときのウズメの表情は言ってやった感たっぷりのドヤ顔であった。
「へぇ……野盗の連中にやってたアレがそれにあたるのかな」
「そうですね、あれは超強力な虫眼鏡みたいな効果を難しくやっているだけです。その威力はご覧になられた通りですが」
治安監視委員の持つ箱……
ウズメの行った説明は主に国外向けのもので、虫眼鏡以外では拡大鏡やもっと簡単にレンズを例とすることが多い。最も実際には違う技術だがではあるのだが、効果や現象を説明する場合は適切とされるため公的に使われる説明方法だったりする。
「でも魔法が使えないのは不便な気がするな……特技に分類される魔法は別だけど着火とかは基本魔法だし」
「それは生活圏における常識で判断するからだな、ないならないで代替物があるか、ない前提の文化が形成されるものだから基本的に不便を感じることはない」
「最も、外交官やクローリオ様のような国外任務が中心になる方はその限りではありませんが」
基本的に文化というものはその土地で住むために最適化される。
大破壊前は環境整備技術で砂漠緑化などを行おうとしていたが、大破壊後ではその余裕がほぼないため入植者たちが形成した文化を尊重し、現地が緑化を望んだ場合イーストエンドから当該技術とそれを行う知識を提供する形を取っている。
大破壊直後にはそのような形ではなく全力を挙げて自然の回復を目指していたらしいが、国力や人的資源面の問題から今の形に落ち着いた。
「今のところはそのへんに不便を感じたことはほぼ無いな、流石に研修初日は例外としてくれ」
「研修初日ということは、それまでの生活から急激に変化するわけですから不便を感じるのは当然かと」
クロークが黒江の発言に反応する。
騎士団の隊長という立場で入団当時のことでも思い出したのだろうか。
「この国は騎士学校での研修からの入団が基本であったかと」
それに情報を追加したのはウズメだったが、クロークはあまり気にしていないようであった。
「そうですね、騎士学校と言っても下層民と上流階級でそれぞれ違いましたが、能力を買われた者が集められる近衛騎士の育成学校も存在しますよ」
分けて言ったということはその近衛騎士学校は身分の差は関係がないということだろう。
元々能力主義で選別する以上身分で区分けするのは効率を下げるだけで無駄に国庫を消費するだけである。
無論ユベルニクスランドの中には厳格な身分制度で徹底的に区別している国もあるがフレイクレスはその辺の境界が非常に緩い。これはユベルニクスランドでも頻繁にイーストエンドとの交流があるためであるが割愛する。
「クロークは叩き上げなのか、貴族の出なのか」
「私は半分半分ですかね……父は貴族ですが母は小間使いの出なので」
非嫡出子ということだが、話す際のクロークの顔を見る限りは特別虐げられた等の状況はなかったのか、あったとしても不幸と感じていないかのどちらかだろうことを黒江は感じ取った。
だがアーカムが気を遣うような表情や態度を見せ始めたので脱線していた話題をどう数日持たせるかというものに戻すことにする。
「まぁそれはそれとして最低でも三日現在の物資状況でやりくりしないといけないわけで、どうする」
「直近は村人の睡眠場所でしょう、教会は避難場所としては適切ですが全員が横になるだけのスペースはありません」
それなりの大きさの町ならば教会に数日籠城できる程度の備蓄や広さはあるのだろうが、国の最辺境となるこの村のそれはお世辞にも十分な大きさと言えないもので多少大きな家屋程度――それでも石組みの他とは違う建築様式ではあるが――で差異はほとんど無い。
「まぁ外から見た感じは確かにそうだな」
「あそこは実際狭いよ、地下が2階まであるけど一つは食糧備蓄庫になってるし建物のキャパシティ自体は詰め込んで村人半分くらいかな」
アーカムの言う詰め込んでというのは言葉通りの意味だろう。それは作業中の騎士が教会から椅子などを外に運び出していたのを見ていた辺り察することができる。
「となるとやはり資材か……ウズメ」
「ようやく汎用人型PDAウズメちゃんの出番でしょうか、かなり待たされた感が素晴らしいです」
「とりあえず雨露凌げる小屋を作る資材の収集とその加工。土台は俺と騎士団でやっておくから20人くらい収容できる規模を想定して集めてくれ」
「クローリオ様はウズメの和ませようとする言動を華麗にスルーいたしますね、了解いたしました。急ぎであることと数日後の救援を想定し簡易的設計分を収集してまいります、では」
そう言うと同時にウズメはジャンプする形で資材の回収に向かった。
「それじゃあ教会の横くらいの地面を整備するか、指示と技術的な面はするからクローク、数人回してくれ」
「承知しました、土木技能のあるものを選出しましょう」
クロークは笑顔で黒江の提案に応えた。
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