第9話

「現地特派員黒江理緒、報告は以上か?」

 ウズメの機能を使い、箱に搭載されているプロジェクターで映し出された女性が確認を求める。

「現状判明していることは。現地騎士団の身分確認は馬の装備意匠及びウズメによるスキャン、現地民間人との会話からの判断なのですが……」

「今君の報告にあった隊長の名前をこちらの照会で確認した、確実にクロークという騎士は実在の騎士で間違いはないし、人型PDAの撮影した人相でも90%超の一致率を叩き出したからご本人で間違いないだろう。現地で照会不可能な状態なら君の対応は間違いではない、むしろベターであると言える」

 女性は手元の資料を覗き、いくつか手元を操作すると黒江側の映像に通知文章が表示される。

「それは君と一緒にそちらに行った担当官が予定している外交交渉の内容だ、今の君の状況は無関係どころか当事者だからな、外務担当官の権限で君には公開しておく」

 黒江は表示された文章に目を通す。

 女性……紅月凛こうげつりんは適度な現場主義者である。

 現場が潤滑に回すために法や機密に触れかけることを行ったりするが、彼女がそれをやったことで国外における問題のいくつかがあっさり解決に至ったことが多いため比較的若い女性であるが治安監視委員を統括する部署のトップに立っている。

 そしてそんな女性である紅月凛は、黒江がある程度読み進めたのを確認すると内容の理解度を確認も含めて話を進める。

「これは外務省及び国防省の共同で、現地の国との連携強化して昨今の治安情勢の変化に臨機応変で対応する……とかいう国内向けの言い訳は置いておいていい加減現地で動く君たち特派員の負荷を軽くするためのものだ。通常業務内容では連携を強める意味はあまり無いが、今君が置かれている状況と巻き込まれた事件は調度今回の条約内容に当てはまる事案……」

 そこで紅月凛は失敗したとするような表情をし、少し早口で続き……ではなく言い訳を始める。

「言っておくが今回のこれはマッチポンプじゃないぞ、間違いなく現地で起きた事件であり事案だ。本当に私は関与してないからな」

「それは音声ログ用ですかね……」

「それもあるが身内に疑われるのが一番堪えるからな、特に君たち特派員からの不信感が一番きつい、一度それで痛い目を見ている以上そうならないように気をつけているんだ、マッチポンプなんてするものか」

 昔現場の人間との関係構築に失敗して何かあったのだろうが、黒江にはそれはわからないし、現時点で必要ではない。それよりも今重要なのは黒江自身が矢面に立っているという事実なのだから。

「とりあえず俺がこの条例案の現地治安部隊の連携例になる。ということで認識は正しいでしょうか」

 なので黒江は上司の言い訳を聞き流し確認する。

「ん、あぁ……その通りだ。緊急事態用の条約ではあるが、最悪を想定した場合も含めなければならない。とは言え村での自体は人道的な意味でもこちらから人員と物資を送る、報告を聞いてしまっているしな」

 紅月は言いながらコンソールを操作し、派遣する部隊の概要を黒江側に表示させる。

 災害出動用の部隊に、必要最低限とされる現地治安維持部隊の構成で30人に人型PDA5体の編成で出動命令を発令してある……が発令日時が資料表示の直前のため現着は翌日だろうか。

「流石にこちらもエスパーではないからな、ウズメAIから転送されたデータと君の報告の精査で多少時間が取られてしまった、すまない」

 紅月はそうやって頭を下げるが、実際のところ他の部署では考えられない速度での災害派遣出動である。

 特に国外出動は大破壊前よりは敷居が下がっているらしいがそれでも初動が遅れて一週間後に出動なんてこともあるくらいなのだ、それと比べれば即日というのは異例と言っても差し支えないことくらい子供でもわかる。

「そこはむしろ感謝ですね、研修時代よりも遥かに速い出動ですし待遇も間違いなくいいものですから」

「本来仕事というのはそういうものなのだがな、相応の待遇が無ければやる気が落ちるのが人間な以上そこを疎かにするのは作業効率を意図的に落とすのと同じことだよ、まぁ現状私の持論扱いでしか上に聞かれないけどな。特に君たちのような業務は国内にいるとき以外は常に命の危険が付きまとうわけなのだから」

 実際のところ人型PDAが共に行動をしているタイミングのほうが安全性が高いまであるのだが、不意な命の危険は確かに国内よりは高い――それでも交通事故の割合を考えるとどちらが上と言いにくいが――ので福利厚生面で言えば最も厚遇されていると言えるだろう。

 そのため治安監視委員に任命される倍率は毎年高倍率を叩き出す。

 最も、福利厚生面が厚遇とは言え所管が複数の省をまたがり、現地業務における責任の所管が全て自分に降りかかるし、現地語――ユベルニクスランドで使用されるのは2・3程度で、黒江の国の言葉も通じる事が多いが――を習得していることが大前提で現地治安組織や貴族等との会合などもこなさなければならず、国内デスク組や軍の普通科勤務と比べれば圧倒的激務である。

 エリートではあるが、エリートであることにプライドを肥大させるような人間では大抵一年持たずに潰れる。最も外交官としても活動するため、他者を見下すような態度を取る者は紅月凛も参加する面接で落とされることになるわけだが。

「とりあえず明日、派遣部隊が到着するまでは現地騎士団と連携して村防衛に務めることにします。騎士団駐屯地に向かうにも野盗の集合場所を通らざるを得ないため民間人保護を最優先と考えても動かず防衛に徹することを報告します」

 黒江も音声ログ用の報告をしたところで、紅月凛は首を縦に振り。

「防衛軍式はこちらは似合わないから敬礼はないし必要ない。治安監視委員黒江理緒、現地治安部隊きしだんと連携して民間人を保護すること、これは現在条約更新を行うための必須事項であることを念頭にいれて行動せよ」

 この上司のことだから有利になるためではなく、不利にならないようにするためという意味だろうと黒江は内心で思いつつ、肯定の返事をして通信を終了した。

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