第8話

「まず俺単独での鎮圧は難しい」

 アーカムから聞いた内容を考えた上で黒江がはっきりと宣言した。

「村を解放した際に撃ったアレを使えば戦闘車両は破壊出来る、だが正確な数が不明だしウズメ自体のバッテリー残量を考えればここまで短期間に連続使用するのは好ましくない」

 エネルギーの蓄積量や変換効率が極めて高いレベルで、自己充電機能も搭載しているバッテリー用途型汎用人型PDAとは言え、ウズメのタイプは戦車MBTを消し飛ばす出力をそこまで連射することは想定されておらず、自己充電機能で賄うには1週間ほどかかる。

「ウズメは戦闘メインの子じゃないので、その辺は至らないところが大きくて申し訳ありません。治安監視委員に随伴前提であればカグツチちゃんやツクヨミちゃんが戦闘前提の子なのですが……」

 戦闘を行うことを想定して設計されているウズメが例として挙げた2機はその辺りの機構が最適化や改善されている。しかし。

「ヒャッハーや尊大系は初任務には辛いぞ……そもそも戦闘をここまで想定していなかったからこそお前を受領したわけだからな」

「ウズメが初めての相手になるのですか、やだウズメ照れちゃう」

 ウズメの発言をあえて聞かなかったことにしてクロークとアーカムの説明に戻る。

「そんなわけで、俺だけだと不確定要素がてんこ盛りすぎてどうしようもない。一応治安監視委員から騎士団へ得た情報の精査と調査を依頼はしておくけどな」

「あれ、それって結局同じことなんじゃないの?」

 黒江が騎士団に依頼をする。という内容にアーカムが率直な疑問を口にした。

「その辺が面倒なところの一つ、治安監視委員からの依頼ならこっちの国の血税の消費と解決の義務は発生しないんだ」

「……よく分からないんだけど」

「騎士団からの依頼の場合は『全面バックアップするから解決まで協力してくれ』となって、治安監視委員からの場合は『単独での解決が難しいので現地治安部隊による対応が必要となる』ってな形になる」

 まだ分からないような顔をしているアーカムを見て黒江は更に噛み砕いて説明する。

「要は治安監視委員主体になるか、騎士団主体になるかの違いだ。今俺とクロークが作った流れは騎士団主体になる。結果自体はあまり変わらないが、この始点となる部分と過程が結構色んな所に影響してくるんだよ」

「なんというか、建前とかそういう政治家が無駄に複雑にして面倒になるタイプのアレなのか?」

「そういう点が皆無であるとは言わないが、まぁ政治家とか関係なく国同士の面子とかその辺であることは否定しない」

「国同士それって政治家関係してるんじゃない」

「広義で言えばな、この手のもので一番影響がでかいのは国民感情なんだよ。自分の国の出来事を全部ほかの国の連中が解決し続けたらもやもやするだろ?」

 まだ少し納得の行かない表情をしているがアーカムはうーんと声を出しながらも首を縦に振った。

「そういうわけで今すぐ対応は難しいだろうな、あちらさんもすぐどこかに攻め入るなんてする余裕はないだろう」

「そうは思うのですが、騎士団の人員から常に監視員をローテーションで配置しております」

「情報が少なすぎるし、それが最善か。最低限は野盗の規模の確認、次に装備で目的確認は最後でいい」

 規模と装備が確認さえできれば目的の推測ができるようになる。そしてたとえ目的が判明しなかったとしてもそれらの確認が常にできていれば迅速に対応が可能なのだ、そういう意味でその二つが必要最低限のラインとなるし通常やるべき最大限の業務とも言える。

「それではクローリオ様、やれることがないと判明したところで働いてくださいませ、私は充電に専念させて頂きます」

「いや、お前も動け。熱伝導効率的には停止状態よりそれなりに動いていたほうが充電率高くなるんだから」

「やだ、ウズメの仕様ばっちり把握されてます」

 バッテリー用途型汎用人型PDAは基本的には軌道エレベーターによる太陽光発電による充電したエネルギーで稼働する。しかしその設計思想から長期間駆動するため個別に何かしらの充電システムを搭載するのが標準仕様とされ、ウズメの場合はソーラー充電以外に名前の通り踊るような動作による振動による運動エネルギーを充電に回すことが出来る。

「とは言えエネルギー変換効率で言えばやはり悪いのですから、たまには休ませて欲しいわけなのですクローリオ様」

 ウズメ自身が動くエネルギーと、それにより発生するエネルギーによる効率はほぼ同一である。

 日中であるならソーラーを含めほかのPDAと比べても破格の充電効率となるが、日没後はその限りではない。

「それではクローリオ殿、情報が揃うまでの間は……」

「言わなくても大丈夫、分かってるよ。村人も動かせないし守らなければならない。なら騎士団全員と俺が滞在出来るように設営、復興でも問題ないがやらないとな」

 黒江はそう答えると立ち上がり、椅子がわりにしていた箱を背負って瓦礫になっている建造物へと歩き始めた。


 黒江はまだくすぶっている家屋に入り、使えそうなものを探す。

 持ち主が生き残っていればその人が使うし、そうでなければ騎士団の人間が使う。駐屯地設営を前提に動いていた騎士団だろうが、食器の類は基本的にそれほど持たない。

 特にクロークの部隊は速度重視で強行軍の形を取っていたために設営部隊等の後方支援部分がかなり弱い。騎士の面々が訓練課程で設営技術を有しているとしても無いものは利用できないし、宿営テントが中心でそこまで長い長期戦には向かないのだ。

 黒江はその部分を少しでも補えるように焼け落ち、瓦礫となった家屋から調理器具を中心に回収しているのである。

「陶器の類はやっぱダメだな、木製食器も論外……だがまぁそれは木を一本使えば賄えるか。問題は……」

 宿営テントは簡易のベッド、ハンモック式のものが中心のためあまり体は傷めないが疲労はそこまで取れない。

「純粋なハンモックならその辺問題無いんだが四隅を木の枝で保持する形だから布ベッドでしかないからなぁ」

 寝ている状態が安定していたほうがやはり疲労は取れやすい。それが羽毛や低反発素材なら言うことなしだが、こちら側では低反発素材のベッドのほうが珍しいので流石に望み過ぎではある。

「クローリオ様、使えそうな家具等は見つかりましたでしょうか」

 最低限動きやすくなるように瓦礫を動かしていたウズメが質問を投げる。

「いや、基本破壊されててどうにも。無事なのでも洗う作業の時点で壊れそうな食器とか桶くらいしか残っていない。もう適当に伐採して作ったほうがいいくらいかもしれん」

「この場合クローリオ様を無能と言うべきか、無いことの確認をお疲れ様ですとねぎらうべきか悩みます」

「一つ確かなのは俺はMでもドMでもない。だから罵るのはなしだ」

「了解いたしました、ウズメ学習しちゃいます」

 黒江は少し嫌な予感を覚えたが、とりあえず得るものがなかった家具回収を終える。

 次に自分が出来ることと言えば騎士の設営補助か、ウズメに言ったように木材から道具を適当に作る程度のことしかできない。

「うーむ、こういう時特殊技能としてカウンセリングを受講しておけばよかったと感じるな」

「カウンセリングはカウンセラーが一番ストレスフルであることを忠言いたします」

「知ってはいるが、今は村人のケアは結構重要だと思うんだがな」

「既にウズメちゃんがやっておきました、ウズメの汎用にはカウンセリング機能も搭載されておりますので」

「あぁそういえばそうだったな……というかお前の得意分野じゃなかったか」

「クローリオ様のおっしゃる通り、ウズメの最得意分野の一つです」

 人型PDAはその機能に近しい能力を持つ神様や偉人の名称を持つ。

 ウズメの場合天岩戸に引きこもった太陽神を自主的に表に出したという点からカウンセリング面の強い個体に付けられる名前でもある。今目の前に居るウズメもその例に漏れず心理的治療の能力が高い。

 最もアメノウズメ名義となったPDAは漏れなく踊りたがったり、身にまとっているものを脱ぎたがる困った性質も付与されたりで扱いに困ったりするわけだが。

「で、何か問題でも起きたのか」

「いいえ、驚く程野盗側の動きはございません。無論それに伴い騎士団の偵察からの情報にも変化は無いわけですが」

「初日な以上そのへんはやっぱ様子見以外に出来ることはないし、動きがないのも当然……」

 とは言え仲間がやられたのにまるで動きを見せない野盗も不自然であることは否めない。

 少なくとも重要戦力の一つであろう戦車が撃破されているにも関わらず戦力を集中させるだけというのは通常野盗の動きとしても不気味なのだ。

「戦力を集中させた以上想定されるのは逃げるか、破れかぶれで突撃をするかだ。動きが無いのは不自然なんだよな」

「可能性の提言をさせていただきますと、烏合の衆で指揮系統が多数存在する場合現在のような現象が起こりうるかと思われますが」

「確かに村を攻撃した連中もそんな感じだが、それもそれで腑に落ちない部分がな」

 ふむ、とウズメは黒江の言う腑に落ちない部分を導き出していなかったのか首をかしげる。

「いいか、少なくともこの村を包囲して攻撃するところまでは統率が取れているんだ、俺が蒸発させた奴が連中のカリスマトップだった可能性は否定できないが、そこまで人心掌握できる奴が治安監視委員おれたちが現れた時点で撤退しないのもおかしいだろ」

「引き際を見誤っただけでは」

「ありうるが現状を考えると楽観的すぎる、烏合の衆だった連中が固まって動かないって時点で連中をまとめあげてる奴がそこに居ると考えるべきだ」

 事は軍事的な要素が強い。

 元々野盗討伐自体も軍事行動である以上仕方のないことだがいかんせん規模が違う。通常業務内で終わる野盗討伐と今回の部隊を専用に組むような討伐では趣が違うのだ。

 抑止と鎮圧の差ではあるのだが、アーカム相手の場合はもう少し説明が必要になるだろう。

「それで、これからいかが致しましょう」

「実際のところこれは有事だからな、本部に連絡して対応を仰ぎつつ現場判断しかやれることはない」

「成程、高度な柔軟性を持ちつつ臨機応変に対応せよということですね。はっきり言うと無策とも言いますが」

「大きな組織の1職員でしか無い以上こればかりはな、後無策ではない」

「何かお考えがお在りなので?」

「軍人的にやれることがないし動くこともできないなら、だ」

 黒江はそれはそれで面倒だけどなと思いながらウズメに通信の指示を出した。

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