第6話

「というわけで、俺は通常任務で訪れた直後にこの村で戦闘を行ったわけです」

 ウズメと、騎士側の数名を村人からの調書を取るため席を外している間に黒江は隊長に一通りの事情を説明していた。

「成程貴方の言い分は理解した、一応治安監視委員の緊急事態条項にも則した内容であり村人からの話を確認し、おかしなところがなければ問題はない」

 ウズメたちが戻ってくる間、騎士たちが黒江を囲みつつ騎士側の流儀での事情聴取の形を取っている。とは言え武装解除を求めることは可能だが、箱――驚くことに治安監視委員の光学兵器レーザー一体型バックパックの正式名称――の接収まではできないため、黒江は箱を地面に降ろしてその上に座る形でそれを受けている。

「事情聴取のタイミングだと、自己紹介すらできないのは不便ですね……」

「それは理解しないでもないが決まりである以上仕方がないだろう」

 事情聴取を行っている隊長――流石にこの程度の情報は知らされる――は国交があり、正式に活動が認められている相手国の人間が武装解除の指示を素直に受け入れている以上それ相応の応対をしている。

「縄で縛られた野盗の構成員もまとめて監視されていたのは見ていたので、私個人は特に疑いを持っていないが、治安監視委員自体を知らなかった新米もいるため不便をかける」

「別に謝ることでもないでしょう、隊長という立場とそのような事情があるのなら威厳というのは大切な要素ですからね」

 聴取を一通り終えたところでそのような会話までする。存在自体は知っているがその活動内容をまるで知らないのは機会が無ければ当然なので黒江はそれほど気にしていない。表情は流石に外交モードにしているが、戦闘後だったため体自体は比較的力を抜いているのを隠しもせずにいたためか隊長は気を使ったようだ。

「えっと、男同士で意気投合なさっているところ申し訳ありませんがアーカムさんが村代表代理を務めてくださることで落ち着きましたことを報告いたします」

「事務的な会話がそう見えるなら帰ったらオーバーホール決定だな。アーカムはその、大丈夫なのか?」

「知人や肉親を奪われたのは皆一緒だし、一応私は村長の肉親だからね」

「その言い方だと直系じゃないよな」

「うん、だけど直系に当たる私のいとこは騎士になるって村を飛び出してて居ない。でも大人も皆疲れ切ってたからね、私は相応の立場で一応余裕があるから」

 余裕があるというのは嘘だろう、友人をダイアウルフに咬み殺されて更に住んでいた村が野盗に焼かれ、多少遠くても肉親を失っているのだから辛くないはずがない。とは言えアーカム自身が言うように村人全員が疲れているのは確かだろうし、村長の肉親であるのなら現時点で代理として申し分無いものそのとおりである。

「疲れているところ申し訳ないが、話を聞かせてくれるか」

 隊長がアーカムの方へと向きなおし質問をする。

「なんで皆さんそんなにスルースキルが高いのでしょう、ウズメ寂しいです」

 何かのたまうウズメをスルーして隊長がアーカムから事情聴取をする。

 黒江と会ったあとはほぼ同一の内容であるため簡単に流していたが、野盗は何度か村を明け渡すよう要求していたという黒江も初めて聞く内容が混じっていた。

「要求していたのは俺も初耳なんだが……」

「それは時間がなかったからだよ、あの時は2回目の明け渡し要求を受けた後に村の若い数人で森を抜けてイーストエンドの人間に助けを求めろって村長から言われて焦ってたんだ」

「少なくとも村長はえっと……治安監視委員殿」

「黒江理緒だ」

「クローリオ殿が来られるのを知っていたということになるな」

 やはり『え』の発音がダメなのかクローリオと呼ばれたことに黒江は渋い顔になるが、アーカムとのやり取りを思い出しそこは諦めて別のことを聞く。

「そういえばそろそろ事務的な対応でなくてもいいんじゃないか、自己紹介すらできないのはお互い不便を感じていたわけだし」

「おぉ、そうですね。私はクローク、この騎士小隊隊長をさせてもらっています」

 先ほどの威厳ある口調から、多少砕けて丁寧口調になったクローク隊長に黒江は右手を差し出し。

「黒江理緒、治安監視委員には就任したばかりだけどこっちには何度か来ているよ」

「ふむ、ガタイの良い騎士様と少しひょろいクローリオ様……この握手シーンはラボの女性博士たちに人気がでそうですので録画いたします。しました」

 握手をしてお互い笑顔を見せたところでウズメがのたまう。

「それはそうと、うん。イーストエンドから誰か来るっていう情報があったからこそ若い連中を中心に助力を頼みに行こうってことになって森に入ったんだ」

 出会って半日も経っていないのに随分慣れたのか、アーカムは気にせず会話を続ける。

「それ以降は概ねそれぞれの発言を比べてみたところ、主観による違いを除けば一致していました。クローリオ殿の件に関しても後方に連絡を取らせて身元等の確認は取れましたし村が襲撃され、死傷者が多数出てしまったことだけが問題となります」

「その辺に関しては多少謝罪が必要かな、連中の指揮役を生かして捕らえることができなかったのはこちらの落ち度なのは確かだから」

「前文明の遺物である戦車が相手だったのならば騎士団が早期到着していたとしても同じことになっていたでしょう、それに過ぎてしまったことはいくら言っても仕方がないのですから、現実をみましょう」

「クローク隊長、ありがとう。ではひとまず村の再建か、移住で検討することになるのか」

 黒江の質問にクロークは首を振る。

「正直なところ、ここまで手酷く破壊されてしまった場合は再建は難しいでしょう。そして村人の肉体的、精神的ダメージを鑑みるに移住処置もすぐには無理。そして次が問題となるのですが……」

 クロークは少し目をつむり、間を取ると口を開く。

「ここまで辺境となると、一次避難所となる最寄り騎士駐留砦までの距離が……正直移住とほぼ変わらない労力となります」

 事実上、現時点で身動きがまったく取れないという宣言にほかならなかった。

「……それに加えてあれが全部出なかった場合か」

「え、村を囲んでいた他の野盗は騎士団が討伐したんじゃ……」

「囲んでいたのはな、烏合の衆をかき集めて辺境の村を襲撃するためなんて理由は考えにくい」

「クローリオ殿の言うとおりですね、我らが捉えた連中は元々所属の違う盗賊団の集団で連携はまるで取れていませんでした」

「ちょっと待ったクローク。俺に情報を開示する意味はわかっているよな」

 地元騎士団から治安監視委員に対し治安情報を開示する。それは実質の援助要請にほかならない。

 治安監視委員はその名前通りに治安を監視する。

 現在の世界ではイーストエンドが先進国であり世界の警察の役割を負っていて、国家間の争いを諌めたり自然災害等に対しての軍の派遣も含めて担っているが、それだけのことを行うのに対して現地での活動に際しそれ相応の特権も存在する。

 その一つに現地駐在員――治安監視委員だけでなく外交官、軍人等も含める――への便宜がある。当該国が駐在員に対して何かしら仕事を頼む際、滞在時にかかる物資、資金面の全面サポートを行うというもので本来ならばクロークのような1騎士団隊長が独断で行えるものではない。

 当然ただ今回の事件に関する情報を開示するだけでは依頼したとは認識されないことのほうが多い。しかしこれは治安監視委員以外の駐在員が相手であった場合の話で、治安監視委員の場合は今回の事件のような現地国の治安維持が業務内容に当たるため情報を得た場合それを解決する義務を負うことになる。そしてその情報をどこから得たかというのは公的なものであるかどうかが重要で、一般人からのものならば上記特権の範囲には入らないのだ。

「確かに、私が情報を開示すればそれは公的な立場なものからの情報提供とみなされるが……」

「クロークの立場じゃ本来依頼を出せる権限は無いはずだろう、だからだ……」

 黒江の目線の動きに釣られクロークもアーカムを見つめる。

「流石はクローリオ様、素晴らしいお人好しです」

 ウズメの発言を聞いても、アーカムはどういうことか判らず見つめられて顔を赤くしていた。

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