第3話

「えっと、その……ごめんなさい。私はアーカム。森にはその…イーストエンドの方に助けを求めようとして……」

「一般民間人でその行動は…」

「はい、難しいことは理解していますが村からの街道が全て盗賊団に抑えられていてどうしようもなくって……」

 藁にもすがる思いでイーストエンドの人間に直訴しようとした結果が、ダイアウルフに襲撃されて4人のうち3人の人間が食い殺されたというわけだ。

「クローリオ様、最近国内で国外における活動要項拡充の法案が提出された理由を私なりに推測しましたところ、このような一般民間人へのケア拡大のためと認識しましたが正しいでしょうか?」

「厳密には違う、だが概ねその流れを作ろうという法案だったのは確かなはずだけどな。後クローリオはやめてくれないか?」

 ウズメの言葉につい反応してしまった、法案自体は議論中の代物だが、同時に実効性があるかのテストを行うこととなり、それが黒江の今回の任務なのだ。しかし法案だとなんだのよりも少女…アーカムが気になったのは別の項目だったようだ。

「クローリオ、じゃないんですか?」

「ん、あぁ黒江理緒だ」

「??クローリオ、ですよね?」

「推測、この地域では名詞での『え』の発音が違っているのかと思われます」

 となると地域住人との円滑なコミュニケーションを行う場合、こちらが多少譲らないといけないということだ。

「うーん、まぁ……クローリオでいいや」

 そういう感じに黒江が折れた。

「そうですよクローリオ様、最初からちゃんとしてくださいクローリオ様」

 ここぞとばかりにウズメが煽ってくるが、気にせずにアーカムとの会話を再開する。

「で、君はイーストエンドの人間と会ってどういうお願いをしようとしていたんだい」

「え、だから街道の盗賊を…」

「クローリオ様、一般民間人は我々がどの程度干渉を許されているかは認知されていないものかと」

 治安監視委員、といえば国外の治安活動に積極的に干渉するような印象がある。無論国内にもそういう勘違いをしている人は多いが、実際の業務内容はもっと簡素的である。現地国の統治者へのアドバイザー的業務が中心で、現地の警察・軍に当たる組織では対応が難しい規模の際に限って実力行使を認められている。これには先ほどアーカムを救出したような緊急性が極めて高い害獣駆除も含まれているが……。

「街道の全封鎖、となるとまずこの国の騎士団が動いていると思うんだが、一体いつごろから封鎖されているんだ」

 今現在の地点、フレイクレス王国には相当規模の軍……騎士団が存在する。

 とは言え兵員輸送には陸上輸送のみで、航空関係は様々な制限により存在しない以上は移動に時間を要する。なので黒江は封鎖期間を真っ先に質問したのだが。

「もう一週間です、幸い村の畑までは盗賊は現れていないので食べつなげてはいるのですが……」

 それ以外のものの備蓄が怪しくなったということである。切迫しやすいのは薬あたりだろうか。とは言え一週間、盗賊団の規模次第ではあるが騎士団が到着するには丁度いい頃合である。

「こう言っちゃ悪いが、やはり騎士団の仕事だよ。俺たちがそれを行うのは政治的な問題が発生してしまうからな」

「そんな、じゃあ皆は……」

「そういえばヘリに同乗していらっしゃった偉そうなおっさんは誰だったのでしょう」

「偉そう、じゃなくて偉いんだがな。一応外交官…なんだが大臣も兼ねてる」

「なるほど、でしたらおっさんの働きしだいでは実働が可能になるのではないでしょうかクローリオ様」

 国内法は人員の目処さえ立つのなら通る見通しで、そうなると次の問題は外交面。曲がりなりにも大破壊後に生まれた国はれっきとした独立国。そのため黒江と同じヘリに外交官が乗っていたのだ。

 今は王族と外交官が交渉中だろうが、フレイクレス王国はお世辞にも騎士団の規模が足りているとは言えないし黒江たちの国も人員の問題で全土をカバーすることは不可能である。だが騎士の質と装備を上げてしまえば多少なり問題を解消することができるのだ。

「とりあえず時間で解決するのは確かではある、騎士団が来るか俺が動けるようになるかどちらかはわからんがな」

「なるほど、古代スパルタ式理論で数量不足をカバーするのですね」

「合っているが頷きたくないな……」

 ウズメの解釈は聞いていなかったのかアーカムは下を向いている。

「そんなの……死んだ皆は報われないじゃない……」

「言いたいことや気持ちはわからんでもないが、国に所属を置いている以上そういう面は制約が付きまとうんだ、例え国内だけの問題だったとしてもな」

 現場が一つなら、優先してもらえるだろうが同時多発的の場合は国としては優先度を付けざるを得ない。全てにリソースを避けるだけの人員がいるのなら別なのだが王国は練度と装備が、黒江たちの国は純粋に人数が足りていないのである。

「まぁ今回の外交会談がうまく行けばその制約が多少緩和されちゃうわけなのでウズメは泣くほどではないかと思うのです」

「追い打ちを掛けるな!森の中を行軍するほど切羽詰っていたのは確実なんだから少しは気をつかえ!」

 黒江がアーカムの様子を確認しようとした時、大きな爆発音が森に響いた。



 爆発音の後、黒江たちは急いで村まで走り様子を伺えるところまでたどり着いた時アーカムが言葉を失っていた。

「カメラ内に敵影は認められません、ところで敵でよろしいのでしょうか」

 失語ではなく、驚愕で言葉を失っていたアーカムが叫ぶ。森に入る前までは街道閉鎖をされていたとは言え平穏だった村から火が上がっており、更には肉の焦げるような臭いまで漂っているのだから住人であるアーカムにとっては敵対者であるのは確定である。

「当然でしょう!善意で村を爆破して焼き討ちするわけないでしょう!」

 止める間もなくアーカムが駆け出す。

 ダメで元々だったとは言え野獣がいるとわかっている森を行軍するメンバーだったのだから多少なりの実力はあるのだろうが、村の様子はその多少の範疇を超えている。

 森を抜ける際に何度か爆発音は聞こえていたが、その音の回数に比べ建物の破壊数が少ない。となると想定できるのは数種類に分類できるが、脅しの空砲でもなければ嫌なイメージしか浮かばない。

「建物に対しては一撃かと思われますが、情報が少なすぎますね。クローリオ様、突入致しますか?」

 実際のところ、ここまで酷い襲撃であるのなら治安監視委員がでしゃばったとしても今までの状態ですら国際問題にならない。

「そうだな、突入しちまえば俺が襲われたってことにもなるからいくらでも言い訳できるしな、それに名前を知ってる奴を見捨てるのは俺の主義に反する」

「主義など存在したのですか?」

「後で説教な。とりあえず上から索敵と可能なら奇襲を頼む。俺のほうはひとまずアーカムを追いかける」

「了解いたしました、それではウズメ飛びます」

 言いながら箱に収まり、すぐに射出される。空に上がるウズメを確認してから黒江はアーカムが走っていった方向へと走り出した。



 村は酷いものだった。

 焼け落ちる瓦礫に混じり臭気が混じる、黒江にとってそれは別の任務の際嗅いだことのあるものなので精神をそこまでやられるものでもないが慣れるものでも……いや、意図的に慣れないようにしているものだ。

「人が焼ける臭いってのは流石にな……」

 独り言のつもりだったがウズメが反応する。

「人に向ければ確実にこの臭気を発生させる武器で、この臭気は初めてでしょうか?」

「いや、実地訓練の時に嗅いでいる。慣れないようにしてるだけだよ」

 昨今、旧ヨーロッパ地方のユベルニクスランドでは国境付近で様々な事案が発生している。領土紛争、野盗の横行と治安が著しい低下が見られるため対話による解決を促すために治安監視委員の部隊を投入し鎮圧している。

 前者はなるべく不介入を貫くスタンスだが本格的に戦争へと発展しそうな場合はその限りではない。最も大抵の場合野盗討伐で抑止力を見せている以上よほど現場指揮官の程度が低くない限りは介入することはない。そして野盗討伐は治安監視委員の実地訓練の場なのだ。

 つまるところ治安監視委員は人に向けて標準装備である光学レーザー兵器を発射する前提で運用される組織なのだ。

「ふむ、人であることを忘れないという主義があることを認識いたしました、先ほど失礼なことを申してしまったようでどのようにお詫びをすればよろしいでしょうか」

「別にお詫びの必要なんかないが、可能なら一人でも多くの村人を救助しろ」

「村の規模から人口はおよそ50~70人程度かと思われます、広場でヒャッハーと叫んでいた頭の悪そうな賊らしきものを降りるついでに鎮圧したところ、広場に十数名の村人だったと思われる遺体を確認しております」

 ウズメの報告を聞いて悪態をつきたくなる。広場に集めた村人を人質にするわけでもなく既に始末しているということは身代金目的ではなく、物資目的の略奪。簡単に言えば野盗相手に利があると判断されなければ生存者は見込めないということになるからだ。

「上から無事な建物はどの程度確認できた」

「クローリオ様の進行方向にいくつか、一つは宗教関係の建物かと思われます」

「宗教…?」

 大破壊以後、黒江たちの国以外の場所では一度そういったものは消滅している。信仰をする人間が軒並みいなくなったのだから当然と言えば当然なのだが、復興の際にインフラ・土木・農業などの技術のほか、いくつかの娯楽なども持ち出されていたらしい記録はある。宗教は娯楽とは違うが、ほぼ全てが破壊された地の開拓である以上精神的支柱となるそれがあったとしても不思議ではない。

 最も数多あった宗教が変なふうに混ざり合い、黒江たちの国がそれらに対してかなり自由だったせいか元の宗教とはまるで違う別のものになっていて宗教・宗派の違いが原因となる紛争は大破壊以後記録されてはいないが。

「そのような土地柄な以上そこだけを攻撃しないなんて信心深さが野盗にあるとは思えないが……」

「逆です、混ざりきってしまった以上どの神様が天罰を下すかわからないためどのような大悪党だろうが躊躇したという記録が存在します、私の中に」

「レアケースっぽい言い回しを……でもそんなものか」

 その会話が終わるタイミングで瓦礫に塞がれた道を曲がるとウズメの言っていたであろう建物が見える。教会…というには非常に物々しい雰囲気が漂い、黒江の知識の中で的確だろう建物の名称が一つ思い浮かぶ。

「……砦じゃねぇか!」

「物資資源が乏しいため一度作れば長期間改修が必要のない形にしたものかと」

 黒江が叫ぶと同時に砦…と思われる建物の前の広まっている――ウズメの言っていた広場よりはこちらのほうが村の中心と思われる――場所に出ると、ウズメが黒江の横に着地して合流し状況を確認する。

「生体反応多数、村の生き残りはあそこで捕らえられちゃった一名を除き砦の中と思われます……そして女の子を捕らえている不心得者の数は少なくとも100近いものかと認識しました」

 状況は、とても不利なようだった。

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