第2話
「生体反応多数、うち一つは樹の上です黒江様」
「対多数野獣戦だ、ウズメは……」
「スタンドアローン、箱より分離して対処致します」
「頼む、先に突入してくれ」
「了解いたしました」
やり取りが終わると同時に黒江の背負っている箱が開き、ウズメが上方に射出される。その時……
「誰か…助けて……」
樹の上の少女が呟く。
瞬間的な映像・健康スキャンデータから酷く疲労しておりそのためダイアウルフの唸りに消されるような声量でしか発声できなかったのだろう、だがウズメにははっきりと聞き取れていた。
「その願い、聞こえました」
つい返事をしてしまった、ウズメの返事を聞いて少女はとても驚いた顔をしているが今は構っている暇はない。
射出されたウズメがその発射頂点に達した直後バッテリーとして溜まった熱を上方へ一気に排出し、その排熱により勢いよく落下を始める。
もとより背負うとは言え個人携行、しかも長距離移動を想定しているものに収まる前提であるウズメの重量はおよそ人型とは思えないほどに軽い。単純な自然落下程度では攻撃目標相手に十分なダメージは期待できないだろう。
しかし。とウズメは思う。ただの人形であるならまだしもウズメはただの人形ではない。バッテリー用途型汎用人型PDA……本来なら戦闘用ではないが治安監視委員の仕事に随伴するのはウズメのようなPDA一体のみだ。それが現在の母国での最小戦闘小隊の規模でもある。つまるところウズメが定義されている『汎用』の中には戦闘も含まれているのである。
「ただの戦闘しかできない木偶人形ならまだ時間がかかったのでしょうがね、重いですし」
ウズメがそう言うと同時に樹に一番近かったダイアウルフの頭に縦回転を加えた蹴り、かかと落としで仕留める。自然落下と回転エネルギーを加えたそれは例え非常に軽いウズメであろうともダイアウルフを一撃で仕留めるには十二分の威力を与えていた。
突如現れた存在に仲間がやられたダイアウルフは一瞬狼狽したが、すぐさま近くにいた3匹がウズメに噛み付くため飛びかかる。
「それぞれの個体というよりは既に超個体のような群れ性ですね、素晴らしい反応です」
想定外の反応速度にウズメは噛まれる、が……
「長期間メンテナンス無しで物理破損しないことに定評があり、ソフト面のデフラグもオートメーション済み、そして装甲材はまごう事なき最新素材に常時バージョンアップしておりますゆえ……」
そういうと腕に噛み付いたダイアウルフを持ち上げ、首に噛み付いたダイアウルフに上から叩きつけ、潰した。
「残念なことですが、野獣の噛み付きによるダメージは想定済みです。太古に存在していたと言われるT-REXの咀嚼にも耐えられる素材で、あなた方では唾液で私をべちょべちょにするのが精一杯なのですよ」
今度は足に噛み付いていたダイアウルフを蹴り上げ空中で掴み、目の前で待機していた2匹に投げつける。
同時に別所にいた3匹のダイアウルフがウズメに飛びかかろうとした瞬間、そのうちの一匹が燃えた。
「あの言い回しはどこで学習したんだか、まぁさっさと殲滅するかね」
射線の通る位置、そこから黒江が狙撃をしていた。
レンズが付いた巨大な籠手のようなもの、それに右腕を収める形でダイアウルフに向けている。籠手内部、丁度右手のあたりにあるグリップを握りトリガーを引くとレンズで収束された光、レーザーが照射されてダイアウルフを焼く。
仲間が焼ける匂いがしてようやく生き残ったダイアウルフが狼狽しだすが黒江とウズメは手を緩めず目の前のダイアウルフの駆除を徹底する。一度人を襲い、その味を覚えた野生肉食獣は再び人を襲う。それゆえにそれが群れる動物ならばその群れを全部駆除せざるを得ないのである。
「弱肉強食のわんこさん、食べられるようなら食べて供養させて頂きますのでご臨終くださいませ」
最後の1匹を絶命させたところでウズメはそんなことを口走る。
「ちょっと待て、それは誰が食べる前提だ」
「そんなことよりこれが最後で、周囲に1m以上の大きさを持った生体反応は黒江様含め二つ、ミッションオーバーですしばらくの安全は確保できたと思われます」
黒江の問いの答えをスルーしたウズメは索敵を済ませ、安全であると告げた。
しかし血の匂いに肉の焼ける匂いが入り混じっている以上は他の肉食獣がこの場所に現れる可能性は高い、今はウズメにクレームを出すよりは生存者保護が最優先になるだろう。
「はぁ…まぁいいか。おぉい、大丈夫か!」
樹の上にいるだろう少女に呼びかける、が返事がない。
「先ほど落下時に確認致しましたが酷く疲労しておりました。自力で降りられないか、返事が無いことから気を失っている可能性が高いと思われます」
「そうか、ウズメ頼む」
「何をでしょう、ナニでしょうか」
「上にいる人間を降ろしてくれ、ちゃんと安全な方法で」
「下ネタを華麗にスルーされると、とても寂しい気持ちになります。ウズメ学習しました」
そんなことを漏らしながらウズメは少女を救出するため樹を昇り始めた。
「このまままっすぐに村を確認、派遣員の出立日くらいその周辺を監視する人工衛星を用意して欲しいものです」
箱の充電のため収納されたウズメが搭載されたGPSで確認した情報を口にする。ちなみに少女は案の定気を失っていて、今はお姫様抱っこ――箱を背負っているために楽な持ち方ができなかった――で運搬中である。
「大破壊の折りインフラ中心で整備した結果数世紀経った今でも数が揃っていないからな、去年できた沖縄エレベーターのおかげでようやくマシになってきてるが宇宙方面はまだまだ大破壊前とは行かないさ」
「数世紀かけた大事業の軌道エレベーターです、もう少し立派でもよろしいかと」
「メインは衛星軌道上での太陽光発電と無重力下の研究だから仕方ないだろ、衛星充足は副産物だ」
そもそも大使や調査員を兼ねた治安監視委員くらいしか国外で利用しない以上予算も後回しになるのは当然なのだが、黒江はそんな自分の立場なら当然、常識となっていることをわざわざウズメと知識確認の会話で話題にすることもなかった。
ただ基本的に愚痴のようなウズメの言葉から会話になるため、ウズメがその辺を話題にした場合はその限りではない。黒江が治安監視委員に就任してから一年、一度たりともその話題が登ることはなかっただけである。
「ん…うぅ~ん……」
「少女の心拍・脈拍・血圧から判断、覚醒したかと思われます」
「大丈夫か?」
ウズメの分析を聞き、お姫様抱っこで支えている少女に話しかける。
「え……え、貴方誰!?っていたぁぁぁ!」
目を覚ました少女は暴れて地面に落ちる。
「お、おい大丈夫か?」
「自己紹介の必要性を認めますが」
「……ウズメの言うとおりだな、俺の名前は黒江理緒。イーストエンドから来た、と言えば理解してくれるか」
「くろ……りお?」
「クローリオとはまたシャレオツな呼び方ですね、私もそう呼んでよろしいでしょうか」
「否定しても呼ばれそうだから好きにしろ」
「え、女の人の声…?」
少女の疑問に合わせてウズメが箱から出てくる。
箱から出てきた人型の存在が変形しながら笑顔を見せる。割とホラーに分類されるのではないかと黒江は思ったが、あえて何も言わずウズメと少女を見守ることを選択した。
「いやぁぁぁ化け物ぉぉ」
「いえ、
「しゃべったぁぁぁぁぁ」
予想通り会話になっていない。どちらの状況も理解できるため、どう状況を収めたものか黒江は考える。
まず科学文化レベルが中世に西暦でいう19世紀程度のインフラ面のものが貴族階級にのみ浸透している国の民間人が、PDAという単語が理解できるわけもないのは仕方がない。
ウズメのほうは前任者ともこちらに来ていてそれらの知識は持っているはずだが、AIの性格上静止はほぼ意味を成さないだろう。
そこで黒江は折半案を自分の中で可決し、実行する。
「とりあえず人間の俺の話しを聞かないかい、お嬢さん」
そう言って少女に近寄ったところで、混乱して暴れているその少女にひっぱたかれた。
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