第8夜 最後の七夕

 ついに来た、花火大会。

「よし!で~きた!」

 真美まみが後ろの帯を整えて言った。

「どう?」

「うん!我ながら上出来だわ。」

 真美は満足そうに言って笑った。

「本当に何から何までありがとう。…来年は真美とも大学離れるから今年が最後かぁ~」

 今まで毎年一緒に準備してくれて、励ましてくれる真美と離れるのかと思うと、この着付けが終わるのももったいない気がした。

「な~に言ってんだか。どうせ私がいなくてもどうにかして鷲塚わしづかと花火大会行くんでしょ?変わらないよ、何も。…それに、金魚の扇子、あげたでしょ?」

 ニヤリと笑って真美は言った。

 そうだ、この前真美がくれた扇子。私はそれを懐から取り出して開いた。真美がくれた扇子には、赤い金魚が2匹、水面を揺らしている絵が描かれていた。真美曰く、真美と私を表しているらしい。いつもクールな真美だけれどこういうところはすごく可愛い。

「…さて、そろそろ出る準備しないと鷲塚来ちゃうよ?」

「え?…わ!本当だ!」

 時計を見るとてるが来る5分前になっていた。そうしてバタバタしている間に時間は進み、気づいたらインターホンがすぐそこで鳴っていた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「ありがとうございました!」

 輝のお母さんにお礼を言って私達は車を降りた。

「じゃあ、いきますか!」

 例年通り、会場の近くのコンビニで降ろしてもらったので私達はここから少し喋りながら歩く。

「そう言えば、ことは大学、何で行くん?一般?センター?」

「推薦…の予定。まだとれるか分からんけどね。無理だったら一般。」

「へぇ~」

「輝は?」

「俺はセンターの予定。」

「そう言えば、行きたい大学決まったん?」

「まぁ、大体は。」

「え!どこ?」

「第1希望がK大で、第2がS大、第3がT大。」

 !!

 驚いて言葉も出ない。どの大学もテレビでよく聞く有名で頭の良い大学だ。

「す、すごっ!すごいね!」

「まぁ、入れたらね。今のままだとまずい…。」

「そっか~、私も面接未経験だし、お互い頑張らんなね~」

 そう言いながら私はこの前のデートで達成できなかったをどう切り出すべきかと考えていた。私の左側を歩く輝は、背中に斜めにかけるタイプのバックをしているので、両手は空いていた。歩きながら前後に揺れる輝の手をじーっと見ているうちに、ガヤガヤと人の多い会場に着いてしまった。

「どーする?少し屋台みる?」

「ん?あ、うん!」

 よし、今度こそ!

「えーと、手、繋いでくれるとありがたいんだけど…。」

 あ~!もうどうしてそんな可愛いげのない言い方しかできないんだー!

 言って後悔した次の瞬間、

「え~、やめとこーよー。」

 と、輝が言ったので、

「え~」

 と、小声で抗議しながらもそれについての会話はそこで途切れた。

「あ!りんご飴だ!後でここ寄っていい?」

「うん。」

 と、別のことを話しながら、やっぱ輝はこういうの好きじゃないか、と自分を納得させ、少しがっかりしながら私達は人混みの中を歩き続けた。

「ここら辺かな。」

 花火の見えそうな位置を見つけると、輝が持ってきたシートを手際よく広げてくれた。

 ひゅるるるるる パッ   ドーーン

 私達が座ると同時に今日一発目の花火があがった。

「お~、今年も大きい~」

「だね~、なんかた~まや~って叫びたくなる?」

「…それはやめて。」

 苦笑いしながらもじっと花火を見る輝を見て楽しいんだな~と思ってうれしくなった。

 それから私達は周りの声と花火の音が飛び交う中でお互いにこの前のデートで話せなかった近況報告をした。夏休み中のこと、部活のこと、体育大会のこと、マラソン大会のこと、クラスのこと、進路のこと。この前、あまり話せなかったためか花火を見ながら、私達は話が尽きなかった。

………本日は誠にありがとうございました。

 どうやら最後の花火が終わったらしい。いつの間にか終了の放送が流れていた。

「さて、帰りますか。」

「そうだね。」

 シートを畳んで名残惜しさを感じながら私達は帰りの道を歩き始めた。

「!…ごめん、ちょっとストップ。」

 足の裏に違和感を感じて、少し人混みから外れたところに移動する。

「靴擦れした?」

「ううん、なんか草とか砂が入ったみたい。ちょっと待ってね。」

 急いで下駄を脱いて足を払おうとすると、

「わっ!」

 不慣れな下駄のお陰でバランスがとれずに左右にフラフラした。それを見かねたのか、

「肩、貸そうか?」

 輝が提案してくれた。

「うん、ありがと。」

 私は遠慮なく、輝が少し屈んでくれた肩を借りた。

「じゃあ、行こうか。」

 下駄を履いてそう言った私に輝は予想外の言葉を紡いだ。

「…手も貸そうか?」

 私はあまりの出来事に輝を直視出来ずに、でも逃げられないように、すぐ、

「わ~い!」

 と言って差し出された左手を握った。ぎゅっと握ると、同じくらいの強さでその少し大きめの手は私の手を握り返してくれた。それが嬉しくて、私はそのあとずっと頬が緩みっぱなしだった。

 そうして私達はまた、照れ隠しに近況報告の続きをしながら歩き始めた。

 

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