第29話 事故物件
「これ、何?」
翌日に引越を控えた私を手伝おうと、朝から友人が来てくれていた。彼女が手に取ったのは、不動産屋からもらった何十枚もの物件のチラシ。不要になったから捨てようと束ねていたもの。
「次の住まいを探していた時にもらったものよ」
「すごい件数ね。……あら、“ワケあり”とか“申告の義務有り”とか、そんなのばかりじゃないの」
「そうよ。明日から住む所だって、“事故物件”なのよ」
「じこぶっけん?」
「いわゆる……ホラ、殺人事件とか自殺とかあった物件」
彼女の眉間にシワが寄る。私は引越のための契約書類一式から、明日から住む部屋のチラシを出した。しっかり“申告の義務有り”との表記がある。
「まだ若い人だったらしいけど、前の住人が変死体で見つかった部屋なんだって」
「何それ。気持ち悪くない?」
「そうかな。ちゃんとハウスクリーニングしてあるだろうし、大丈夫よ。それにこの家賃は魅力的だし」
急行の止まる私鉄駅から徒歩十分。駅前はスーパーや商店街もあって栄えている。都心に出るのだって三十分とかからない。2LDKでベランダが広く、築も五年以内で比較的新しい。それを踏まえるとあり得ない金額がチラシに表示されている。その上実際交渉した結果、その金額からさらに安くなっていた。相場のおよそ半額近い。
「でも変死体って……他殺? 自殺?」
「さあ? 聞いてないわ」
「アパートの押し入れからミイラ化した死体が出てきたってニュース、少し前にあったじゃない。孤独死してしばらく見つからなかったとか、そういった部屋も事故物件になるのよね?」
「そうだけど、だからといって別にね」
「怖いわ。幽霊とか……」
吹き出した。なんてファンタジー。
「無い無い。まあ、私はどんな事故物件でも平気よ。そんなこと言って怖がっていたら、自宅で死ねないじゃない」
「それもそうだけど」
「それにこの荷物だもの。引き受けてくれる賃貸があるだけでもラッキーよ」
私たちは部屋を見回した。
1LDKの部屋には、大小色とりどりの鉢植えが所狭しと置かれ、緑がわさわさと繁っていた。バルコニーも洗濯物が干せないほど大盛況で、外から見るとジャングルのようだとよく言われる。
「……そうね。鉢植え増えた?」
「育ちすぎて株分けしたのがあるのよ」
「園芸を趣味にし出したなーと思ったら、みるみるうちに育てあげたわね。いい土を使ってるの?」
「たぶん、混ぜたものがよかったんじゃないかな」
あの人の体のかけらを少しずつ入れた、鉢植えたち。
孤独死があった部屋だろうが、自殺のあった部屋だろうが、これからこれらを持ち込もうとしている私には、だから問題無いの。
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