第28話 宛名間違い
郵便ポストにいくつも入っていたDMの中に、自分宛ではないものを見つけた。
住所は確かに私の部屋だけど、宛名が違う。“高倉昌子様”となっていた。私は田中明奈。
(前に住んでいた人のかしら?)
この部屋に越してきてひと月。都内の乗降客の多い駅から、徒歩五分のワンルーム。なのに家賃がすごく安い。
「実はですね、前の住人が失踪したんですよ」
安さを疑った私に、不動産屋の若い営業は重い口を開いた。
その住人は、私と同じ三十代のひとり暮らしOLだったらしい。ある日忽然と姿をくらまし、見つからないまま一年間。親族がこの部屋を明け渡したのだという。
殺人事件などが起きたいわゆる事故物件とは異なるし、やはり魅力的なその安さに、結局私は入居を決めたのだった。
(ベビー服?)
届いたDMは、ベビー用品の某ブランドショップから。バーゲンのお知らせだった。
(その消えた人って、独身って話だったわよね?)
その前の住人だったかもしれない。失踪した人の名前は聞いていなかった。
私はハガキに“宛名間違い”と書き、マンションの目の前にある郵便ポストに投函した。
ところが、それから数日後も高倉昌子宛にDMが届いた。別のベビー用品ブランドの、バーゲン特別招待状だった。
それ以降高倉昌子宛のDMが相次いだ。すべてがベビー用品ブランド。“宛名間違い”と書いて返信しても、それでも届く。
直接ショップに電話をかけたところ、リストから外しても、すぐに再登録されるのだという。
(引越先から連絡しているのかも)
そうだとしても、何故新しい住所で登録しないの?
(まさか高倉昌子って、失踪した人……じゃないよね?)
私は前の住人の名前を聞こうと思い、不動産屋に電話をした。
「こちらからもお電話するところだったんですよ!」
電話に出た営業氏の声は、かなりせっぱ詰まっていた。
それからが大騒ぎ。私の部屋から遺体が出たのだ。
ウォークインクローゼットの中の壁に、不倫相手に絞殺された高倉昌子が埋められていた。コンクリートで固められた上に壁紙が貼ってあったから、まったく気付かなかった。
犯人が別件で轢き逃げ事件を起こし、取り調べ中に自白したとのこと。
高倉昌子は妊娠していたらしい。
(宛名は間違っていなかったのね……)
私は新居で荷ほどきしながらため息をついた。
なんともひどい気分。短い期間とはいえ、遺体のある部屋で暮らしていたのだから無理もない。
その時ケータイが鳴った。従姉からだった。
「あのね、“植村祐一”って人宛に何通もDMが来てるのよ」
従姉は現在、私がかつて住んでいた部屋で暮らしている。遺体の出た部屋の前に暮らしていた部屋――引っ越すと言ったら、そこに住みたいと言ってきた。
「何度も宛名間違いでポストに返したんだけど、来るのよね」
彼女から聞き出したDMのブランドは、半同棲していた恋人が好きだったブランド。
(宛名間違い、じゃないのよ)
彼女が床下のコンクリートに気付きませんように。
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