第26話 サトウさん
私にはずっと好きだった女性がいて、その名を斉藤恵美子という。
職場の同期で、現在は別の部署に在籍している。特別美人というわけではないが、まじめで気がきく女性だ。
しかし彼女には恋人がいた。そいつの苗字は“サトウ”。聞くところによると、某一流企業勤務らしい。ちなみに、私はその企業の採用試験に落ちている。
「結婚したら、“サトウエミコさん”になるのね」
「サイトウからサトウなんて、代わり映えしないね」
同期の飲み会で、女性陣がそんなことを彼女に言いだした。どうやらゴールインが近いらしい。彼女は顔を赤らめながら微笑んでいたが、私は少しイラッとして憎まれ口を叩いてしまった。
「これ以上、佐藤の人口を増やしてどうすんだよ」
みっともない戯言だ。言いがかりでしかない。ところがそれに乗った酔っ払いが出てきた。
「そうだよ。ただでさえ一番多い苗字なのに、これ以上増やすなよ」
「もっとちょっと珍しい名前の男と一緒になれば? コイツくらいのとか」
ひとりが私をさして言った。突然だったから驚いた。私は“手代木(てしろぎ)”という。多い苗字ではない。
だが彼女は苦笑いの表情で言った。
「でも、苗字を好きになったわけじゃないから」
……確かにそうだ。
「それもそうよねー」と、周囲は揶揄した私たちに対して失笑した。恥ずかしいやら失恋の悲しみやら……散々な同期会だった。
その後、私はさらなる自分の恥に気づく。
あの飲み会から半年くらい後に、彼女はあっさりと結婚してしまった。彼女が新婚旅行で仕事を休んでいたある日、私は社内報のある記事に目を止めた。社内での祝い事や弔事を紹介しているコーナーだ。その月に結婚した社員の名前が並んでいた。
(これは……何と読むんだ?)
そこには“里兎恵美子(旧姓斉藤)”と書かれていた。
(サト……ウ?)
告白する勇気も無く、ずるずる気持ちを引きずって、酔いに任せて難癖つけて……これだけでも男として最低だった私だが、なんと苗字の珍しさでも負けていたのだった。
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