第21話 彼女と私と腕時計
「ねえ。アンタ、時計って何個持ってる?」
「時計?」
悪友のカナが、眠そうな顔でカクテルに入っていたサクランボを弄びながら聞いてきた。
小さなバーで過ごす週末。繁華街から少し離れているせいで客は少ないけれど、私たちにとっては居心地のいい店だ。
「時計って、目覚ましとか?」
「違う違う。う、で、ど、け、い!」
すでに七杯空けていた。酔っ払いの声は大きい。マスターは苦笑しつつも、客が少ないこともあって見逃してくれている。
フワフワの髪にいい香り。美人でスタイルもいいカナ。
黒髪を束ねただけ。黒ずくめの服に黒縁メガネで地味顔の私。
カウンターで並んで飲んでいる私たちは、異色の二人組だろう。
「腕時計……今は持っていないわね」
私は脳裏に一本の腕時計を思い描いたものの、それはもう動かないものだった。盤が割れ、針も一本しかない。
かつては腕時計をする習慣があったけれど、今はケータイがある。腕時計が無くてもさほど困らないから、そのまま放置しているのだ。
「あら、だめよう」と、カナはニヤニヤしながらサクランボの枝で私の頬をつついてきた。
「知ってる? 持っている腕時計の数って、付き合いのある男の数なんだって。この話聞いた時、当たってるからビックリしちゃった」
カナは腕時計をたくさん持っている。ブランドものの高級時計から、学生でも買えるかわいらしいものまで、両手で数えても足りない。「アンタは何本腕があるの?」とつっこんだこともあった。
そして男友達も多い。とにかくもてる。街で見かける度に、一緒に歩いている男性が違う。
私はと言えば、今はフリー。持っている腕時計も無い。
(なるほどね)
サンプルが二人だけでは何とも言えないけれど、酔っ払いに反論する気は無かった。
やがてカナが静かになった。そろそろ電池切れ。カウンターに突っ伏したまま、寝息を立て始めた。
私は小さくため息をついて、ケータイを取りだした。そしてある男性に電話をする。いつものことだ。三コールしない内に、低い声が出た。
「いつも悪いね。これから迎えに行くから」
「よろしくね」
彼はカナの幼馴染。つかず離れずの付き合いらしい。
でも私は知っている。たくさんの腕時計を持っていても、彼女が長く大事に使っているものはただ一本だけ。
眠っている彼女が付けている腕時計。彼女の持ち物にしては、大人しいデザインだ。ベルトは何度も取りかえているから新品に見えるけれど、本体にはかなりの傷がついている。
カナのこんな一面を知っているのは、私だけ。ニヤニヤしながら彼女の腕時計を眺めていると、ふいにカナが目を開けた。
「ねえ。そろそろ捨てなよ」
「え?」
「アンタのあの、壊れた腕時計」
カナの眼差しは、酔っ払いのそれではなかった。悲しそうな表情で私を見ていた。
「もう忘れなきゃ。そして新しい腕時計を手に入れて」
壊れている私の腕時計は、婚約者からもらったもの。
交通事故に遭って、私だけが助かった。
その時から止まっている。
カナはまた寝入ってしまったようだった。
彼女の幼馴染が来るまで、もう少し時間がかかりそうだ。私は時間を見るためにケータイを取りだした。
この時、手首がさみしいように感じた。
(そうね。そろそろ……)
途端にこの派手な親友が愛おしくなり、私はカナの頭を一回撫でた。
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