第20話 十一月

 十一月。毎年、この月の私は運が悪い。


 これは物心がついた頃からで、一番古い記憶は幼稚園。

 遠足で行った山で、ひとりはぐれて遭難してしまった。

 洞穴で身動きできずにいたところを発見されたものの、あの時の心細さは成人した今でも忘れられない。


 小学生のこの時期は、よく交通事故に遭った。

 交通ルールはきちんと守っていたのに、巻き込まれたものばかり。しまいにはかすり傷では済まず、骨折までしていた。


 中学一年の十一月、母に乳がんが見つかった。

 すぐ手術をして何とかなったのはいいけれど、その入院中、私と妹は家事に忙殺された。


 その翌年の十一月、今度は父が脳梗塞で倒れた。私と話していて突然ろれつが回らなくなり、手が震えだしたのだ。

 幸い処置が早かったため、父はすぐに社会復帰できた。

 けれど父の世話をした母の代わりの家事で、私はやはり大変だった。おかげで炊事 洗濯、家のことは何でもこなせるようにはなったけれど。


 中学三年の十一月、今度は私が胃腸炎になった。

 高校の推薦試験の直前。入院してしまったために受験できず、一般募集をしていなかったその希望校への道は、断念せざるを得なかった。

 第二希望の高校へは一般入試でなんとか合格した。私はここで“一生の友”と呼べる友人たちと出会うことができたけれど、第一志望へ行けなかったことは、今でもくやしく思っている。


 妹が腹膜炎をこじらせて生死の境をさまよったのも十一月で、そのおかげで私は修学旅行に行けなかった。

 旅行先で大きな事故があり、級友達はバスの中で何時間も足止めを喰らったらしいのだけど、やはり私も行きたかったと今でも思う。


 社会に出てからも、十一月が運の悪い月であることは変わらなかった。

 恋人ができても、たいていこの時期に別れてしまう。

 それだけでなく、この時期には必ず体調が悪くなる。

 社内の健康診断で婦人科系の病気が見つかったのもこの頃。治ったものの「自然妊娠は難しいかもしれない」と言われたから、仕事に打ち込むしかなくなった。

 子どもの頃からかわいがってくれた祖母が亡くなったのも、十一月。

 この月は、本当にイヤなことしか起きないのだ。


 なのに、十一月に結婚することになってしまった。

 望まない異動を言い渡されたのも、昨年の十一月だった。

 その異動先で、彼と出会ったのだけはよかった。私の体のことを知っても、彼はそれでもいいと言ってくれたから。

 けれど「おれたちが出会った月だから」という彼の強い希望で、十一月に式をあげることになってしまったのだ。仕事が閑散期に入るという理由もあったけれど。

 不安。不安すぎる。果たして私は無事に結婚できるの……?



「見て、お母さん。この披露宴の時の写真、お姉ちゃん、すごく不安そう」

「あら、ほんと。あの子、十一月は運が悪いって言ってたからね」

「昔からそう言ってたよね。結婚式はなんとか無事に終わったけれど、新婚旅行中はずっと大雨でホテルから出られなかったって、愚痴られたよ」

「悪いことばかりじゃなかったけどねぇ。幼稚園で遭難した時、洞穴で動かないでいたからすぐに見つかったのよ。交通事故だって、かすり傷で済んだのばかり。骨折して入院した時は保険金とか慰謝料が思った以上に出ちゃって、実はあの頃はお父さんの会社が大変だったから、正直助かったのよね。私の乳がんも早期発見でその後再発も無いし、お父さんの脳梗塞もあの子がすぐに通報してくれたから助かったようなものだし」

「なんか彼氏と別れるのも十一月ばかりだったけど……こう言ったら悪いけど、お姉ちゃんって男選び下手だったからね」

「暴力男とか借金まみれとか、ひどかったわ。なのにあんないい人を捕まえることができるなんてねぇ」

「それにこの時期の体調不良って、仕事が忙しい時の疲れが出ただけだし、逆にゆっくり休める時期でよかったよね。年末年始、元気に過ごせたもの。おばあちゃんの葬儀の時も、ゆっくりお別れできたもんね」

「そういえばあの子、今、寝込んでいるのよ」

「え? もう十一月なんてとっくに過ぎたけど、どこか悪いの?」

「それがつわりなの。ハネムーンベビーなんだって!」

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