第18話 三年目の青い鳥

 ある朝起きると、飼っていたインコのピーコが死んでいた。

(十三歳か……)

 悲しみもあったものの、十三歳といえばセキセイインコでは長寿の域に入る。そろそろとも思っていたから、よくぞがんばってくれたという感謝の気持ちと達成感の方が、悲しみよりも強かった。

 ピーコは、社会に出たと同時にひとり暮らしをはじめた私に、母が贈ってくれた。 オパーリンブルーという一般的によく見られる種類で、頭部が白、羽は白と黒が混じっているものの、胴体は爽やかな青空の色をしていた。

「コイツ、言葉憶えなかったよな」

 庭にピーコを埋めて手を合わせていたら、いつの間にか夫が隣にしゃがんでいた。 そして、片手だけで拝んだ。

 彼の言う通り、ピーコは言葉を憶えるのが苦手だった。きちんと発音できたのは、「ピーチャン」「オハヨ」のみで、あとは人の声を真似した結果の中途半端な鳴き声ばかりだった。


 ところで私たちは、結婚三年目になる。

 職場で出会い、なんとなく付き合いはじめ、なんとなく結婚した。

 愛情は無いわけではないけれど、最近は倦怠気味。

 彼の部署にいる同期から、「あんたのダンナ、派遣の女の子と仲いいよ」と密告が入った時も、「ああ、これで別れるっていう選択肢も増えたのね」と思ってしまったほどだった。

 いてもいなくてもいい人、そう思っていた。


「そうね。しゃべるって言っても真似しているだけだし、その憶え方だって個体差があるからね。耳から入ってきた言葉を全部正しく発音できるとも限らないし」

「ああ、だから時々“うじゅうじゅ”言ってたんだ」

「あー、言ってたね。あったあった」

“ピルルピルル”というインコの鳴き方の他にも、不思議な声で鳴いていた。日本語のような……けれど発音しきれず、結局鳥としての鳴き方になってしまっている様子で。

「時々笑ってもいたな」

「え? 笑ってた?」

 何をバカなことを、と思った。

 鳥が笑うなんて、聞いたことがない。

「ここ一年くらいだな。時々“ウキョキョキョキョッ”って鳴くんだ」

 突然の奇声に私は驚いたけれど、彼は構わずに続けた。

「“ウケケケケッ”とか“ウキョーッ”とか」

「ちょっ、何それ……!」

 奇声とそのおかしな表情に、たまらず私は吹き出した。

 確かにそうだった。一人暮らしをしていた頃はしなかった鳴き方を、ピーコはするようになっていたのだ。あれはテレビか何かの真似をしているのだと思っていた。

「“ウケーッ”とか“ウキョキョキョキョッ”とか」

「やだもう、おかしい……あはははははっ」

 何よりも彼があまりにおかしな真似を続けるものだから、私はおもしろくなってしまって笑いが止まらなくなっていた。笑いすぎて呼吸が苦しくなるのは久しぶり。

 すると、彼はいきなり真顔になった。


「それだよ」


「は?」

 彼は私を指さして、スッキリとした顔をして言った。

「今気がついた。ピーコは、おまえの笑い声を真似してたんだ。だってソックリだもん」

「え?」


 私の笑い声?

 ということは、物覚えが悪いピーコが憶えられるほど、私は笑っていたということ?


「……あっ、あんな変な笑い方なんてしてないよ!」

 途端に照れくさくなり、私は怒った。

「そっくりだって。そっか。だからおれ、あの鳴き方が結構好きだったんだな」

 突然、私の目から涙があふれ出てきた。

「ピーコは幸せだったと思うぞ」

 私が泣きだしたことで、しゃがんだそのままの姿勢で夫は私を抱き寄せた。

 笑って暮らしている生活が、幸せじゃないなんてあり得ない。

 ピーコという青い鳥が教えてくれた、倦怠期のおわり。


 でも……私の笑い方って、あんなにヘンだったの?

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