第17話 すいかの名産地
駅から遠い場所に、家を建てた。
飽きっぽい性分の私は戸建を買うのに躊躇していたが、妻の押しに負けた。都内とはいえ周囲に畑が多い地域で、彼女は「田舎みたい」と文句を言いながらも、こぢんまりとした小さな庭が気に入った様子だった。
(あれは、西瓜か?)
駅までのバスをやめ、三十分ほど歩いている。真夏日などはつらいが、健康と節約のためだ。
その途中、広い畑の横を通る。
背の低い植物だった。黄色い花をつけ、蔓を地面に這わせていた。南瓜かもしれなかったが、なんとなく西瓜だとわかった。
私の生まれ育った町は、“すいかの名産地”と謳われていた。
アメリカ童謡を元にしたあの曲のモデルとは違うらしい。が、町をあげて西瓜を特産にしていたように記憶している。
小学校でも、よく『すいかの名産地』を歌わされたものだ。
私はしばらく立ち止り、その蔓を見ていた。
似ていたのだ。
「課長」
と、あの女は私のことをそう呼ぶ。
正確には“かちょお”と発音し、語尾に“お”を付けて、甘ったるい声でそこを強調する。私の部下で、まだ若い。
彼女がベッドからうつ伏せのまま白い半身を出し、枕の向こうに置いた携帯電話をとるのに細い腕を伸ばす。その姿が、畑を這う西瓜の蔓と重なった。
彼女といつからそういう関係になったのかが、自分でもよくわからない。彼女を好きだという感情が無いからだ。誘われるままに関係をもち、若い身体を愉しんでいた。
「結構育ったでしょ?」
日曜日、朝から妻は家庭菜園に精を出していた。
彼女の手には、ゴーヤが数本あった。それまで気が付かなかったが、いつの間にか我が家にも“緑のカーテン”ができており、妻が設置した支柱に蔓がキレイに巻き付いていた。
「日焼けするぞ」
「大丈夫よ、このくらい」
毎度のやりとり。よくも飽きないものだ。
短い半袖のシャツから、彼女の白い二の腕が伸びていた。妻も、蔓のようにこの細い腕で、私の首にからみつくのだ。
いや、腕ではなく婚姻というしがらみか――
故郷では、夏といえばやはり西瓜で、どこの家に行っても西瓜が出てきた。
私はいつしかそれに飽きていた。包丁を入れれば、決まって出てくる赤い果肉。滴り落ちる果汁。味が簡単に想像できて、つまらない。慣れるというのは、そういうことだ。
ある日、学校で発熱をした私は早退した。
暑い日だった。もともとの熱と相まって、私はフラフラになりながら、西瓜畑の間を通って自宅へを向かっていた。
すると、その畑で驚くべきことが行なわれていた。
大量の西瓜が畑の隅に集められ、それをトラクターで踏みつぶしていたのだ。
西瓜たちは、グシャっと果肉をほとばしらせながら、形を崩していった。
めまいがした。
それらが何故か、人の頭に見えたのだ。
たくさんの頭が、脳みそや眼球を吹き飛ばしながら、真っ赤に潰れていく――
気がつくと、私は自宅で寝かされていた。畑で倒れていたらしい。
あれが実際にあった光景かどうかは、誰にも聞けなかった。
豊作すぎた作物を廃棄するというのは、後に何かで知った。単価をある程度の水準にとどめるためと、たくさん売ったとしても運搬費などの諸経費のために結局は赤字になるので、それを避けるためだという。
ショックだった。
農家が自ら作った作物を廃棄していたことではなく、その光景に少しだけ興奮していた自分が。
やがて、農業から離れる者が相次ぎ、気がつくと私の故郷はただの住宅地になっていた。
(みんな、飽きたんだろうな)と思う。
飽きたから、やめてしまったのだ。
その日家に帰ると、なんとあの女と妻がいた。
ふたりとも鬼のような顔をして、私を見ていた。
「あなた、どういうこと? この女とどういう関係なの?」
「課長。奥さんといつ別れてくれるんですか? 私、子どもができたんです」
女が勝ち誇ったようにそう言うと、彼女をキッと睨んだ妻は、自分も負けじとテーブルの上に手帳を置いて大きな声を出した。母子手帳だった。
「あなた、私も昨日病院に行ったら、四か月だったのよ!」
――ああ、なんてことだ。こいつら。
私はフラフラとリビングを通り、テラスに出た。
そして庭の家庭菜園のスペースまで歩き、スコップを手にした。小さなものではなく、長さが腰くらいまである大きなものだ。
「あなた、なんとか言って!」
「課長!」
無言で部屋に戻り、サッシを閉めた。
もう飽きた。
おまえ等には飽き飽きなんだ。
飽きたものはやめてしまえ。
作り過ぎた西瓜は、潰してしまえ。
童謡の「すいかの名産地」。飽きるほど歌わされたのに、意外と歌詞を憶えていないものだ。
私はメロディーを口ずさみながら、スコップを力任せに振りおろしていた。
何回も、何回も。
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