第14話 コトダマ

「死ねばいいのに」は、今年六歳になる姪の、最近の口癖。

 芸人のネタが最初なのか、それともアニメなのか、その出所を私は知らない。何がおもしろいのかもわからないが、どうやら子どもたちの間で流行っているらしい。耳に入るたびに、私はイヤな気持ちになる。

(本当に死んだらどうするの!)と。

 だから姪が言う度に、私はたしなめる。

“コトダマ”というものがある。

“言霊”と書く。古代日本で、言葉に宿っていると信じられていた不思議な力。発した言葉どおりの結果を現す力があるという。


 私は子どもの頃を思い出す。

 初めてセキセイインコを飼った時のこと。

 叔母に頼み込んで買ってもらった。けれどなかなかしゃべらないし、言うこともきかない。頭にきて、籠の中のインコを掴もうとしたら、ひどく噛まれてしまった。

「アンタなんか死んじゃえ!」


 翌朝、インコはカゴの中で死んでいた。

 ふわふわの羽は固く湿り、温かだった身体は冷たく氷のようだった。

(本当に死んじゃうなんて……)

 死に直面するのも生まれて初めてのことで、私は恐ろしくなった。叔母にすがり、謝りながら号泣した。

 この時叔母に聞いたのが、コトダマの話だった。

 インコが死んだのは別の理由だったかもしれない。けれどこのことは確実に、私の心にざっくりと爪痕を残した。

 それ以来、私はそういった良くない言葉を使うのが恐ろしくて出来なくなってしまったのだった。


 姪の母親である私の姉は、仕事が忙しい。一方、近所に住む私は専業主婦であり、子どもはいない。だから姉の代わりに姪の面倒をみることが多い。

「死ねばいいのに」

 彼女がそう言う度に私は、「本当に死んじゃうよ?」と注意をする。

 けれど今時の子どもである姪はまともに取り合わず、逆にまじめに注意をする私を疎ましく思っているようだった。

 そしてついに、こう言われた。


「もうっ、おばちゃんたらうるさいな! 死ねばいいのに!」


「……」

 ショックで、私は言葉を失った。

 おそらくはそう言われた時にとるお決まりのリアクションみたいなものがあるのだろう。その反応をしない私に姪は戸惑った様子で、そしてばつが悪そうに、自分の部屋へ籠もってしまった。

 


 私が交通事故に遭ったのは、その直後。姉の家から自宅へ帰る途中だった。

 きちんと信号を守り、横断歩道を渡っていたのに、だ。

 飲酒運転と信号無視。私はきれいに跳ね飛ばされた。

(コトダマね……)

 路面に打ちつけられ、薄れていく意識の中、ぼんやりそう思った。

 死ぬのは仕方ないけれど、インコで私がそうだったように、それで姪が一生の心の傷を持つことになるのかと思うと、胸が痛かった。



 気がつくと私は病院のベッドの上で横たわっており、体にたくさんの管を付けられていた。おそらくはICUなのだろう。夫だけが白衣を着て、神妙な顔で私のそばにいた。

 私は自分が死んでいなかったことに驚いた。

(これから死ぬのかしら?)

 その時、部屋の外から姪の泣き叫ぶ声が聞こえてきた。


「おばちゃんなんか、生きればいいのに! 生きればいいのに! うわーん!」


 なんてすてきなコトダマ。

 私は体中の痛みに耐えながら、あまりの感動に大笑いしたい衝動にかられていたのだった。

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