第11話 タイムマシンにおねがい
ついに、タイムマシンの予約日が来た。
忙しい中、仕事はあらかじめ有給休暇を取っていた。
タイムマシンが開発され、一般向けの運行が行われるようになったのは三年前。海外旅行が出始めの頃がそうだったように、時間旅行には高額な運賃が必要だった。いくら私が同世代より稼いでいるキャリアウーマンとはいえ、おいそれと捻出できるものではない。
けれど、私は過去への切符を手に入れた。
私には大きなやけどのあとがある。
首筋から右腕、手首に至るまでの皮膚が、ひどいケロイドで覆われている。親に聞くと、赤ん坊の頃にストーブに突っ込んだらしい。
就学する頃には痛みは無かったけれど、周囲の人たちは奇異な目で私を見、特に子どもたちは容赦なく私をからかった。
化け物呼ばわりは、少女だった私の心を蝕んだ。
莫大な医療費がかかるため、整形手術も受けさせてもらえず、私はひねくれていくばかりだった。
そんなある日、私は学校帰りにある女性に呼び止められた。いじめられて泣きながら歩いていた十歳の私の前に、その人は颯爽と現れて言った。
あなたはその悔しさをバネにして、勉学に励み、やがて一流の大学、一流の企業へ就職する。
そこでステキな男性と出会い、結婚を前提にお付き合いをしている。だからがんばれ、と。
それを信じて、今の私が出来上がったのだ。
そして最近気がついた。
あの時、私に未来のことを語り、だからがんばれと励ましてくれた女性……あれは、三十歳になった私だった。私は努力して勉強し、いい大学、大きな企業に就職した。恋人もできて、結婚もまもなくだ。
タイムマシンが開発され、やがて一般向けに運用するというニュースを聞いた時、これだと思った。
だから私は、この日タイムマシンに乗りに来た。過去に行って幼かった“私”を励まさないと、今の自分は無いのだから。
タイムマシンの「駅」から過去までは、ほんの数秒。払った運賃では納得いかないような乗車時間だ。
それでも降り立った街は、少女の頃と同じ街並みだった。
私は自分を励ました“私”と同じ服を用意し、同じこの日を選んだ。あとはあの時と同じ時間と同じ場所で、学校から泣きながら歩いて帰る少女の“私”を待つばかり――
「あれ?」
登下校で通る道で待ち伏せしていた私は、すぐに少女である“私”を見つけた。
しかし泣いていたはずの“私”は、泣いてはおらず、ケロイドがあるはずの肌は、つるりときれいになっていた。
(な、なんで? 何か変わってきている?)
先に過去に出向いた人がいろいろやらかして、結果自分が知っている現在ではなくなっている、といったことが時折あるらしい。
予定外のことに私は焦って、少女の私の前に飛び出した。
「ちょっと、あなた……!」
「あ! 本当に来た!」
少女の“私”は、うれしそうに私を指さして笑い出した。何がなんだかわからずに、私は固まってしまった。
「あのね、少し前に五十歳の“私”が来てね、未来に私を連れて行って、やけどのあとを治してくれたの!」
さっきまで自分の右腕を覆っていたはずのケロイドが、きれいに無くなっていた。
(タイムマシンができたくらいだもの。二十年も経てば、医療ももっと進化してるわね)
思い出した。十歳の時、突然現れた五十歳の自分に、どこかの病院に連れて行かれた。ケロイドがきれいになった私は、その後快活な子ども時代を過ごしたのだ。
体験しているはずの無い、辻妻を合わせるためだけの記憶が、いつのまにか脳裏に湧き出ていた。
そして自分の時代に戻ってきて、私はとんでもないことに気がついた。
私はキャリアウーマンではなくなっていたし、ステキな婚約者もいなくなっていた。
いじめられる要素の無くなった私は、未来を夢見て、周囲を見返すためにがむしゃらに努力する必要などなかったのだから。
バカ。二十年後の私のバカ。
お願いだから、早くそれに気付いて、タイムマシンで訂正に行って。そうこうしているうちに、私の今の記憶も書き替わって……
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