第5話 オススメ

 少し前から、私はインターネットショッピングにはまっている。

 パソコンの前に座って商品を検索するだけ。同じ在庫切れでも、歩き回った結果よりはマシ。送料もかからない場合の方が多いし、かかったとしても大きな街へ出る交通費を考えれば安いもの。

「オススメ……?」

 ある日、いつもの大手ショッピングサイトの画面右下に出ている記事に、私は気がついた。

“あなたにオススメの商品”という、これまでの購買・閲覧記録から、私が欲しいと思うであろう品物を表示するコーナーだ。

 そこに、私へのオススメとして表示されていたのは、『結婚式スピーチノウハウ』という本だった。

「なんで?」

 それまで結婚に関する書籍など頼んだこともないし、見たことすらなかった。

 その時はそれを無視してそのままにしておいたけれど、その数日後、私は旧友からの電話で驚いた。

「再来月、結婚するの。披露宴でのスピーチをあなたにお願いしたくて」

 初めての依頼に私はあわてて、ショッピングサイトに表示されていた『結婚式スピーチノウハウ』を購入することにした。


 それからしばらく後。

 今度は、『あなたを魅せる履歴書の書き方』というタイトルの本が出てきた。

「は? 必要ないんだけど……」

 私は大学を卒業以来、かれこれ十五年以上、今の会社に勤めている。お局様呼ばわりはされているけれど、独身アラフォーOLなど今時珍しくはないし、仕事も順調だ。

「縁起悪いなぁ」

 そう思っていた。


 ところが、それからまもなく、とんでもないことが起きた。

 私の部下にあたる人間が、横領をしでかしたのだった。

 しかも彼は、金を持ったまま逃げてしまっていた。報道もされたし、警察も動いて、かなりの大事になっていた。

「君には、責任をとってもらうことになるな」

 部長は眉間に皺を寄せて、そう言った。私の監督不行届。ゆえに、黙ってそれに従うしかなかった。



 この年齢での再就職は、今の時代は難しいだろう。

 私は購入した『あなたを魅せる履歴書の書き方』を読みながら、履歴書を書き、ネットの求人広告で見た会社に手当たり次第郵送していた。経済的にはまだ余裕がある。

「気晴らしに、買い物でもしようかな」

 失職してからしばらくネットショッピングは控えていたけれど、久しぶりにのぞいてみた。

「え?」

 オススメ書籍として紹介されていたのは、二冊の書籍だった。


『あなたにもできる完全犯罪マニュアル』

『懺悔の日々~ある犯罪者の告白~』


 私は息を呑んだ。

 ああ、私は完全犯罪を成し遂げることになるのだろう。

 そして、懺悔の日々が始まると……?


 私は風呂場へ赴き、そこに置いておいた、大きなスーツケースを見下ろした。

「早く処分しなきゃ……」

 そろそろ臭いがしてくる頃だ。

 

 私の元部下、そして横領した金を一人占めして、他の若い女と逃げようとしていた男。

 彼の死体を効率的に処分するため、私はオススメされた書籍両方を買い物カートに入れた。

「あ……これはいらないわね」

『懺悔の日々~ある犯罪者の告白~』を削除し、注文ボタンをクリックした。いくらオススメされたところで、懺悔や後悔など絶対にしないのだから。

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