第4話 ふたつひと組

「あれ? この箱、何だったかしら?」


 引っ越しのために押し入れの整理をしていたら、記憶に無い段ボール箱がひとつ出てきた。

 思った以上に重かったそれを、私は何とか引っ張り出した。蓋を開けてみると、マグカップや、皿、コップなどが出てきた。すべて一つずつだった。

「ああ……」

 思い出した。

 これらはすべて、かつて“ふたつひと組”で存在していたものだったのだ。


 私は結婚するまで、実家で暮らしていた。

 ずっとひとり暮らしをしたいと思ってはいたものの、両親がなかなか賛成してくれなかった。そもそも実家は都内なので、離れる理由も無かったのだ。

 私はいつからか、実家を離れた時の準備をするようになっていた。

 お気に入りの雑貨屋に出向き、すてきなマグカップや皿、コップなどを見つけると、必ず二つずつ買うのだ。

(いつか、好きな人と暮らしたら使うんだ)

 当時の私の、なんとかわいらしかったことか! 

 カトラリーも二組、箸も二膳、ランチョンマットも二枚……種類は増えていき、私はそれらを段ボール箱に大事にしまい、使う日を夢見ていたのだった。


 やがて私にも縁があり、結婚した。

 ようやくその“ふたつひと組”のモノたちも、活躍の場ができたのだ。

 夫は優しくて、少し気が弱く、そしておっちょこちょいな人だった。

 彼が食器を洗うと、時折破壊音が聞こえてきて、私を焦らせた。

 最初はマグカップだった。

「ごめん! これ、君が大事にしていたものだったよね?」

 彼はひどく慌てて、私に謝罪してくれた。割れたのは、確かに“ふたつひと組”の片割れだった。けれど、彼にケガが無ければ私にはよかった。

「いいのよ。形あるモノは、いつか壊れる運命なんだから」

「本当にごめん。次は気をつけるよ」

 しかし彼は、恐ろしいほどにおっちょこちょいだった。

 皿やコップも割り、ランチョンマットは煙草で焦がし、箸は噛んで折ってしまった。

 片割れを無くしたモノたちを私は使う気にはなれず、かといって同じデザインのものを見つけるのは難しく、その都度改めてお揃いで買い直していた。

(捨てたんじゃなかったんだ……)

 それらは箱の中にきちんと整理されて、収まっていた。

 新しいモノを買ってきて、「捨ててしまっていいわよ」と私は言ったけれど、彼は捨てられずに段ボールにしまっていたのだろう。

「君が大事にしていたものだから……」

 彼のそう言う声が聞こえてきたような気がした。


 彼は本当におっちょこちょいなのだ。

 確かに形あるものは、いつか壊れる運命だ。


(けれどこんなに早く、あなたまで事故で壊れることないじゃない)


 やっと“ふたつひと組”になれたのに、私だけが取り残された。


(私もここに仲間入りね)


 ひとつになったモノたちが皆、泣いているように見えた。

 途端に悲しくなり、そして私もひとりで泣き出した。

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