第2話 殺し続ける日々
「体の中では毎日、がん細胞が生まれては死んでいるんですよ」
体の話になると、隆さんの目は途端にキラキラと輝く。
私は彼のそんなところが、結構気に入っている。
一昨年初めて受けた子宮がん検診で、影が見つかった。その後の再検査で「悪性ではない」とのことで経過観察になったそれは、翌年の検査では消えていた。「それが不思議だと思って」と言った時の、彼の返事がそれだった。
「勝手に生まれて、勝手に死んでいくの?」
そう問うと、彼は言った。
「生まれるのは勝手だけど、殺すのは僕たちですよ」
「私たち?」
「そう。人間の体の中には、抗体というものがあるんです。体の中に入ってくる雑菌などを殺すんですよ」
「へえ」
「けれど体のバランスが悪くなったとしましょう。そうなると、そういった悪いものを殺すはずの抗体が働かなくなってくるわけです」
「それで、がん細胞が大きくなっちゃうんだ……」
「そうです」
彼は私の顔を見て、にっこり笑った。微笑むと、目が細くなる感じがかわいい。
「体のバランスを悪くさせるものには、様々なものがあります。代表的なものは、“ストレス”ですね」
「ストレス……」
「実際お姉さんが乳がん検診で引っ掛かった時っていうのは、仕事が大変だった時でしょう?」
合点がいった。
当時、私は大企業に勤めていた。
立派なお局様だった私は、早期退社を迫られていた。
取り柄の無い独身アラフォー女に、再就職の道など希少だ。私は会社にしがみつこうとしたけれど、そうなると周囲からの圧力がひどくなった。
がん検診で影が見つかったのは、その頃だった。
たいしたことは無かったものの、私は体調を崩し、結局会社を辞める羽目になった。
その後就職活動もしたけれど、やはりなかなか決まらない。体調もままならない。
そんな時に声をかけてくれたのは、妹だった。
「お姉ちゃん、うちの人の診療所で事務やらない?」
隆さんは小さな整体院を開院したばかりだった。
「お姉さんだったら大歓迎ですよ。助かります」
はにかみながら言う彼を見て、私は喜んで手伝いをすることにした。
悪かった体調は次第によくなった。週二日ほどだった勤務日は、やがて開院日全日になった。親しく話す患者さんもでき、毎日が楽しくなっていた。
「そういった楽しい気持ちが、がん細胞を殺すってこともあるんですよ」
隆さんはそう言った。
「余命宣告されたがん患者が、どうせ死ぬのだからと毎日遊んでいたら、完治していたという事例があるんです。」
「ストレスでがんになるってことは、体がストレスを殺すために必死になってしまって、がん細胞退治がおろそかになるってことかしら?」
「それもあるかもしれませんね。あ、こんにちは」
予約の患者さんが通院してきて、雑談は終わった。
(殺し続けている……か)
施術している隆さんと患者さんの会話をBGMに、私は考えていた。
一昨年にできたものを殺したのは、ここでの仕事を楽しいと思える気持ちだろう。
(放っておいたら大変になるものを、率先して殺しているのかもね)
いつからか、私は毎日殺し続けている。
妹の夫への恋心を、毎日殺し続けているのだ。
私は、最近見つけた胸のしこりのあたりを、そっと触った。
(両方、同時に殺せないかな……)
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