まほうの本を手にいれたなら
夢楼
ゆうぐれとしょしつ
オレンジ色に染まる廊下、陽の光でぽかぽかする。窓から見えるまぶしい校庭、運動部のかけ声がまわりの壁に反響し少し時間をおいて聞こえる。5時のチャイムが我々生徒に時刻を告げる。無音の中、ページをめくる一定のテンポが心地よさをあたえ、鼻を刺激するのは古びた本のにおい。
「ふぁあ……。」
夕陽のあたたかさとページをめくる音に睡魔を誘われ、つい欠伸が出る。誰も利用者のいない図書室、窓側の一番後ろの席は涼しい風とあたたかい陽の光で。本を読むにも勉強をするしも、適した席だ。
「ふふ、おつかれさま、もう5時だし閉館の時間だよ。」
入り口前の受付からわざわざ委員長が閉館を告げにきた。
3年図書委員長、赤間勇太。真っ黒いふわふわの癖毛に度の強そうな厚い眼鏡、正しく制服を着こなすこれぞ優等生とでも言うような人。
「あっ、もうこんな時間……。」
読むわけでもない本を持ち、気温と環境による睡魔に誘われさきほど目を覚ましたのは、私、2年白崎立夏。
「君、毎日来てるね。でも、毎日寝てる……よね?」
「いっ、いやぁ、最近はあたたかくて困っちゃうなぁ、なんつって……はは……」
苦し紛れの言い訳。だって、先輩を拝みに興味もない本片手に図書室に来てます、なんて言えなくない?
「おもしろい人だ、さぁ閉館の時間だよ。もう帰る時間だ。」
私は立ち上がり、先輩と話せた嬉しさで胸を踊らせる。鼻歌を歌いながら棚に行き本を元あった場所に戻そうとする。
「……ん?」
もともと本が置いてあった場所に、違う本が置いてある。図書室ではよくあることだ、本を借りた人が戻す場所を間違えたか適当に戻した、それだけだ。
「もう、こんなんあるから先輩の仕事が増えるんだよ、困ったねぇ……ったく。」
ぶつぶつと独り言を呟きその本を手に取って自分の借りた本を戻す。
ふと、その本の表紙が目に入った。
「まほうの、しょ?」
図書室の本には整理しやすいように整理番号のシールが貼ってあるものだが、この本にはそれらしきものはなく、とても新しい雰囲気の本だった。表紙は『魔法の書』と金色で記されたただのワインレッド。
「魔法でも使えりゃいいのにねぇ。お、なになに?」
何気にパラパラと本をめくってみると、とあるページが目に入った。
「『好きな人を手に入れる魔法』…?」
そこには、こう記してあった。
【好きな人を手に入れる 魔法】
手順
⑴本を閉じ目を瞑る。
⑵表紙を額にあてながら、魔法の呪文を2回唱える。
⑶願い事を言う。
⑷魔法完了。
※魔法の呪文を逆から唱えると魔法は解ける。
「へぇ……?」
立夏は苦笑いして、おもむろに書を閉じた。そして目を瞑り、表紙を額にあてる。
「『ターユマカー ターユマカー。赤間先輩の彼女になりたい!……なんちって、そんなんできるわけ…。』」
小声で口ずさんだが、言い終わって数秒後顔を真っ赤にした。
「ないないないない、なわけないよ、さすがに、ばかにしてんのか」
そして額から本をはなし、受付へ向かった。見知らぬ本を届けるために。
一歩一歩を歩く度、図書室の床がきしむ。
「赤間先輩、この本誰のですかね?そこの棚にあったん……」
「立夏、帰るよ。」
「へ?わ、わぁ!!」
勇太は立夏のカバンを投げて立夏に渡す。急に物を投げられてもとれるわけがないが、反射で手を伸ばしたらうけとれてしまった。人は驚くとこんなにも変な声を出すものなのか、なんてことが立夏は頭によぎった。
絶対今の声、先輩に引かれたな……。
「ほら。」
勇太は手をさしだす。間抜けな顔した立夏に向けて。
「え?な、なんですか?」
「なんですか、なんてそんな律儀な。付き合ってるんだから、手を繋いで帰ることくらいなにがおかしいんだ?」
立夏は自分の耳を疑った。『付き合ってるんだから』?
誰かに告白したこともなければ、彼氏がいたこともない。そんな中で、その事実は事実ではない。
なぜだなぜだなにかがおかしい、と考えるうち一つの出来事を思う。
(もしかして、いや、もしかしなくても……さっきの?というかさっきのしかなくない?)
「うっ、うん!」
私は『魔法の書』なるものを乱暴に鞄にしまい、赤間先輩に手を引かれながら図書室を後にする。
もうすこしで日が落ちる廊下は、オレンジから青に近づいてきた。さきほどまであんなにも響いていたのが嘘かのように、運動部の声も徐々に減る。
さっきの『魔法の書』なるもので、まさかこんなことになるとは。
でもそれはまぐれとか?聞き間違い?
なんてぐるぐる頭で考える。
「立夏?なに考えてるの?」
「う゛っ、えっ、いや、その……。」
そんな非現実的なことあるわけないと思いながらも、どこか心の片隅で魔法を信じてしまってる自分がいる。
「せ、先輩?」
確認をすればいいだけ。先輩に、確認をすれば事実がわかるはず。
「私達、その、付き合ってるんです……ね?」
先輩は少し表情を惑わせる。中途半端な陽の光で視界がぼやけ、見えづらいけど。
「なにをいってるんだ?そうに決まっているじゃないか。もしかしてなにか企んでいるのか?」
先輩は、はははと笑いながら冗談も言う。そしてすぐ、昨日みたテレビの話題を振ってくる。
「そ、そうですよね…ははは。」
やっぱり魔法の書って本当だったんだ……。昨日みたテレビの話なんて全然耳に入ってこない。頭の中は、鞄に入れた魔法の書のことでいっぱい。
魔法の書すごいな、なんて思いながらも、どこか怖さも感じる。
右肩にかけた鞄が、いつもより重く感じた。
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