剣聖と咆哮
エニシ
第1話
眼前の敵を睨み付ける。鋭い闘志が瞳に宿り、貫くように視線が交わった。ここで倒されれば王の牙城は突き崩される。
深呼吸して踏み出せば敵ーかつての友が身動ぎもせずに立ち塞がっていた。腰から剣を抜く。こうして相対する瞬間を望んでいたように剣と全身の筋肉が歓喜に打ち震えた。脳は何処までも冷静に相手の出方を一つ足りとも逃さないと言うがの如く観察している。口角が自然と持ち上がった。例えこの身が散ろうとも、死守してみせる。やがて相手も剣を抜いた。淀みない剣さばき、見慣れたそれが自らの命に焦点を当て向かい合う。迅る鼓動を抑えた。
「はあああァッ!」
叫んで、一閃。駆け出せば互いの距離も縮まる。武器はその熱量に唸りを上げた。敵の後方に乙女の魂を持つ少女の姿が見えた。少女の前の無防備な少年の姿を視界の端で捉える。こちらの闘志に触れ、マナが溢れつつある事を彼は知らなかった。教わっても居ないのだろう。剣戟が風を断つ。一歩飛び退いて間合いを取り改めて敵の表情を見遣った。目的に準じようという意志がありありと浮かんでいる。
「何処を見ているのです!」
無論その声も忘れた訳では無い。先に倒れたパーシヴァルも皆この勇姿を前に屈した。何処までも底知れない程に怜悧な眼。自分を見つめながらも王への道筋を描いているその頭脳。真摯さに敬意を評しますよ。
そう呟いて胸元へと斬り込んだ。即座に反応した腕と掌中の剣がかち合う。豪腕に力を込めれば体を制圧するのは容易かった。鍛え上げた腕がその鋼鉄をへし折ろうと全力を振るう。
「手加減は無礼に値すると判断します」
対峙していた敵がその場に膝をつく。真っ直ぐに少年を見据えると言い放った。
「諦めて此方に従いなさい。その魔術師を王へ献上します。」
生命の保証はしますと付け加え、私は騎士の元へ踵を返した。
駒が欠けた今、一つ一つ構築し直すしか無い。欠員を嘆いた所で前途が開ける訳では無いのも承知していた。実際城の中では騎士達が救命活動に右往左往しておりとても状況を整理できるような状態ではなかった。溜息を吐いているような時間すら惜しい。
こつり、と石の廊下に響く足音に振り返れば後ろ手に拘束された魔術師が怯えたように見上げていた。捕虜の彼は一見してもまだ幼い。王は万全の状態を期する為、武具の手入れを行なっている。決戦も近いのだ。臨戦態勢となった彼女に話し掛けるのは躊躇われた。地下牢へと歩みを進めれば少年は抵抗もせず囚われの身となった。こうして王の庇護下に置いておくだけで相手への力の誇示も出来る。それが我が王の判断だった。ひたりと頰に手を滑らすも大人しく受け入れている。不安げな様子は未だ抜けない物の、問題無く陛下へと進呈出来る筈だ。すっと顎を引き寄せれば緊張の面持ちで何かを言いたげに口を開いた。
「仲間に手を出したら承知しない」
まるで俎上の鯉。煽るような台詞はその比喩に相応しかろう。助けもいない城の牢獄で今更仲間の安否を心配している。その勇姿に魅入ったのはほんの僅かな時間だった。
それから下級騎士に管理を任せ切った数日間、忙殺の日々を送っていた。崩れた城壁の修復、部隊の編成と東奔西走し王への謁見を繰り返す。昼夜問わず新しい策略を練り、体を休める暇も無く、明くる日には謀反した者を除く弟と二人で玉座に向かう。臣下の者も随分減ったものだと内心思いながらも王の命令を待った。
戦況は依然として変わらない膠着状態。報告を聞く間も砂を噛む思いだった。万策尽きた訳では無いが長々と戦闘を繰り返す余裕も無かった。兵士にも疲れの色が見える。その時脳裏を過ぎったのが少年の姿だった。警吏の監視下に置かれている彼は憔悴する様子も無く、毅然とした態度を貫いていた。荒廃した建屋内で曇りのない瞳と向かい合うと、王と同類の気高さすら覚えた。穢される事を厭わない、高潔な魂がそこにある。
楼の鍵を開け俄かに近付き最初に触れたのと同様に頰を撫でた。同時にどす黒い衝動が心を占拠して行くのを感じている。不意に背筋を冷気が走っていった。まるで降り止まない雨のように淀んだ思考が滞留していく。視線を一瞬逸らすと警吏を盗み見た。
◇
少年は抵抗しなかった。力任せに腕を掴んだだけで華奢な体はあっけなく仰向けになる。 ただ、無言で、見上げている捕虜の姿は痛ましく映った。
助けを待ち侘びて置き去りにされた少年。 首筋を掴めば指の下で喉仏が上下に動くのを感じた。 眉間に、苦しげな皴が刻まれる。欲情の兆しが生々しく伝わる。 そして望むままに首筋に噛み付いた。
「私を、憎みますか。」
耳元に唇を寄せ、低い声で囁いた。息そのもので鼓膜を震わせるようにそっと耳朶に近付けば、彼の膝が震えた。 皮膚の表面を撫でれば体に熱が篭っていく。 肉体の興奮に紛らわせれば、泣くことも出来るだろう。 それが今は彼の救済になるように思われてゆっくりと瞼を伏せた。空一つ見えない地下で彼は何を願い欲するだろうか。全ては、私自身すらも王の為に用意された歯車に過ぎない。
剣聖と咆哮 エニシ @kamuimahiru
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