1-1 手紙
彼女から手紙が届いたのは、よく晴れたある金曜日の朝のことだった。
大学の授業が全休であるにも関わらず珍しく早い時間に目が覚めた。
適当に朝食を済ませると、ベッドの上で横になってスマートフォンでSNSをチェックする。
この間サークルの飲み会の写真を友達が載せていたので、ダブルタッチするとハートマークが画面の中央にぷかりと浮いた。
しばらく、スマホを眺めて一通りアプリをチェックした後、喉が乾いたので冷蔵庫の中の牛乳パックを取り出してそのまま口の中に流し込んだ。
牛乳パックを冷蔵庫の中にしまって、パッと顔を上げたときゴミ出しの日割りが目に入って、今日が燃やせるゴミの日だと気づく。
急いで、部屋着にサンダルをつっかけて、散らかった部屋を後にする。
ちょうど、ゴミ収集車が来ていて、駆け足で作業員の元に行き、謝罪の言葉と共にお願いしますとゴミを差し出した。
緑の帽子のつばを抑えて作業員は快くゴミ袋を受け取ってくれた。
そのこめかみには汗が滴っていた。
5月の半ば。
桜が散って青々とした緑が顔を出し始めていた。
春が終わって梅雨の訪れを待っていたはずなのに、自分の番がくるのことを待ちきれなかった夏が、たった今やってきたと思うほど、太陽は容赦なくその熱を照りつけていた。
蝉の声は聞こえないけれど、アスファルトの上には陽炎ができている。
今年の暑さは例年の比ではないとテレビのニュースキャスターが涼しい顔で言っていた。
熱中症や貧血で倒れる人も多く出ているらしい。
この暑さに、早めの夏服を部屋の奥から引っ張り出して、半袖に袖を通していた僕は、家賃1万5千円の破格の値段で借りつけたアパートに戻る。
1K、トイレとシャワーは別。
建物は古いけれど、壁は厚くて、隣の音もそんなに気になりはしない。
ただ右隣の住人のギターの音と歌声が微かに聞こえてくるけれど、BGMとして考えたら心地の良いくらいだ。ただ、上手い下手は別として。
何となく視界に入った古びたポスト。立て付けの悪い蓋を開けると、こじんまりとした可愛らしい白の便箋が一枚、さも当たり前のようにポストの中に入っていた。一度閉めかけたポストにゆっくりと手を伸ばしていく。
「山田 健 様」
横並びの文字で書かれた自分の名前には見覚えがあった。
ネット社会の現代において、スマートフォン一つでメールも電話もできる時代に、手紙という手法が残されていたことを久しく忘れていた。
それは時を止める魔力でも秘めているみたいに、あの頃の記憶がモノクロの無声映画のように流れ込んでくる。
変わらない笑顔もお決まりの癖も、何もかもが愛おしかったあの頃。
便箋の裏には、昔と変わらない綺麗な凛とした文字で名前が記されていた。
「鈴木 咲」
それは確かに彼女の文字だった───。
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