心に傷を負った子供─2─

ここの朝は典型的な朝である。6時に起床した後に全員で体操してから朝食である。

勿論、他の子もいるのであるが、宗太郎はやけに行動が早かった。おそらくここに来る前からやっていたのであろう。しかし日本式の朝食を目の前にして宗太郎は泣いてしまった。どうやら家では朝食はパン1枚できちんとした朝食が食べられるは久しぶりで、思わず涙が出てしまったらしい。

しかし、こうやって過ごしてみることでどれだけこの子がひどい生活をしていたのがよくわかる。今日一日でどれだけ心を開いてくれるか。今はそんな事ばかり考えていた。


朝食を終えると大半の子が近くにある第三セクターの[下総総合学園]に通う。

難関校として有名なこの学校には初等部から大学院までが存在しており、エレベーター方式での進学を狙った子供が多く入る。このような所は本来通うべきではない場所であるが、きちんとした入試によって人間性を認められた生徒しか在学しておらず、勉学に励みながら友達との交流を通して心の傷をいやす。そう言った目的をもった専用の学科も存在する。

態々この学校に通っているのはそう言った理由があるのであった。


学校に通わない子はここで勉学に励みながら心の傷をいやす。

しかし、来たばかりの宗太郎はその様な事をせずにまずは心を開くことから始める。

「取り合えず今、僕の事をどの位信用できるのかな?

 一番低くて0、高くて100だったらどれぐらい?」

そう言って紙と鉛筆を渡す。

そこに書いた回答は[10]

予想よりも高ったことに少し安心する。しかし、まだやるべきことはある。

今日から僕以外の子供たちにも心を開いてくれるように少しずつ癒していかないといけないのである。だが、具体的な方法はなく、ただ一緒に過ごして待つしかないのである。


その様な事を考えている客人が来ている事を上岡直見君が伝え来る。

取り合えず彼に宗太郎を見た貰い、その間に客人の相手をする。

「ま、任せなよ」とか言ってたのだがきちんと馴染んてくれるだろうか。




「私達の子供を返してくれませんか?」

どうやら僕のところにくる親は皆決まったことを先にいうらしい。

そういう風に書いてあるマニュアルでもどこかにあるんだろうか。そんなことを考えるぐらいの一致率である。

記録装置がバリバリ仕事している客間で相手するにあたってこちらにはマニュアルがあるのであるが、はたして録音レコーダーをカバンに入れている素振りをみせる両親にもマニュアルはあるのであろうか。

「それはできません」

マニュアル通りに書類の束の中から一枚の書類を取り出す。

家庭裁判所から発行されたこの書類に書いてある事とは

「公安維持法第96条『犯罪行為の事前防止に伴う青少年の教育規定』に基づき、貴方たちの親権を先日の時点で停止し、里親関係を取り消します。

 後日家庭裁判所からも来ると思いますが、昨日をもって”貴方たちご両親の親権は停止しました”」

令状を机の上にだし、客人である元両親の顔色を見る。

「何故、私たちがあの子の親をやめないといけないんですか!?私達はあの子に”も愛情をそそいで育てていた”んですよ」

この回答も同じ、そしてカバンの中からアルバムを取り出し、どのような愛情をあげてきたのかを説明するのも同じである。

当然ながら、このアルバムにも”あの”共通点が存在するわけで。

「一つご質問いいでしょうか?

 何故今の写真が無いんですか?」

このアルバムの唯一の欠点、そして共通する問題を突きつける。

「それはまだ日が新しいから追加していないだけですよ」

この回答も一致している。一体何時から俺はマニュアルの返答をするマニュアルになってしまったのだろうか。

「そうですか。では、ここにある証拠はすべて偽造されたものなんですね?」

そう言ってほとんどの書類を机の上に読めるようにだす。

「これはっ!」

家庭裁判所に出された電子書類で書かれた証拠書類の山。それの一つ一つに宗太郎に対して行われた行為が詳細に乗っている。

勿論、間違った印象を与えないようにするために宗太郎が朝、起きてから夜寝る前を家中のカメラがとらえた証拠映像が1週間分乗っており、その動画のIDも書かれている。マスコミに発表しても問題が無く報道できる証拠。それが今の書類の束である。

勿論この会話もカメラを通じて録画してあり、適切なモザイク処理をしてネット上にも公開されている。

つまり、ここで話したことはすべて法律に基づいたものであり、合法的なモノである。

「そしてこれは、宗太郎君が学校で書いていた日誌です。無理を言って三日分書いてもらいました。筆跡鑑定できますけどしますか?」

見られた筆跡、違う事も出来ずにただ日誌に目を通す。

その間に映像の準備をする。

「読み終わったようですね。それでは書庫書類にもあった証拠映像、一日分を倍速にしたものがありますからご覧になります?」

しかし元両親は首を縦に振る。

それを確認すると動画を再生する。




「それでは、今度について話しますね。今、貴方達は宗太郎君の保護者でもなんでもありません。しかし、停止であり剥脱ではないので親権を回復させることが可能です。裁判で勝てばの話になりますが」

マニュアル通りに裁判の案内をする。

「そうですか、弁護士を連れてもう一度来ます」

そう言ったのを確認すると最後の書類を取り出す。

「民事裁判の同意書です。よろしいようであればばご記名と印鑑を押して下さい」

書類に記名と印が押されたのを確認すると、

「それでは後日、裁判の通達が行きますので」

そう言って書類の整理をする。

元両親は帰り際に、

「必ずあの子を返したもいますから」

そう言ってここ後にしていった。

子供は道具じゃないのに、あのような考え方をする人は勝てないであろう。








「・・・」

本棚の影でずっと見ていた宗太郎を見つけたのは僕が客間を出ようとした時であった。

「上岡、これはどういう事だ」

「単純だ、こいつがずっと見ている。そういったからだ」

そう言ってこの場を離れて行ってしまった。

後で説教が必要だな、そんな事を考えながら宗太郎の目を見て言う。

「別に君は元ご両親が言うみたいな道具やモノでもない。

 君は、立派な人間だ。人間らしく生きる権利がある。もしもその権利を使おうとするのであればここに残っていなさい。

 でも元ご両親のもとで生活するのであれば今からでも遅くないから追いかけて帰りなさい」



「嫌、ここに残って人間らしく生きる」

そう僕の目を見て返事をしてくれた。

この会話を録画していたカメラを停め客間前の廊下を後にする。

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