第二話「タニマチ・システム」
「……ただいま」
美也がアルバイトを終えて帰り着いたのは、寂れたアパートの一室だった。彼女はここで父親と二人暮らしをしているが、父は夜勤でまだ帰って来てはいない。
彼女は自室のちゃぶ台の前に座り、ぼんやりと携帯でネットサーフィンをする。見るのは専ら、動画サイトだ。動画のページ上では、力士が四股を踏みながら種籾を撒く広告映像が流れている。
『株式会社リキシードは、相撲部屋への援助をはじめとする力士人材育成支援に取組』
無慈悲なスキップ。目当ての動画は、ニュースの映像クリップだった。世界情勢がどうとか、政治がこうとか。そういった話題と同じくらい、スポーツにも尺が割かれている。美也にはさっぱりわからないが、そういう需要もあるらしい。
無論、スポーツの話題の大半は、言うまでもなく相撲が占めている。そしてこういう時、スキップが効くのが動画のいいところだ。
しかし、大の男二人が裸で取っ組み合いをしているシーンを飛ばす途中で、彼女の手は止まった。
『今場所無敗』『横綱昇進間近か』というテロップと同時に現れた、力士の顔。正直なところ、彼女に相撲取りの区別はほとんど付かない。全裸で回しをしめていれば、誰でも同じに見える。
……しかし、一人だけ例外が居る。それは、
『朝鶴鵬』
父の仇だ。
あの日、幕下に過ぎなかった力士は十年の間に大関にまで出世し、やがては横綱と噂されるまでに大成した。
『彼の相撲力はどれ位なんでしょうねぇー』
コメンテーターが恰幅のいい相撲解説者に尋ねる。
『ご存知の通り、公式値としての相撲力は年寄や親方からなる相撲力審査会によって決められるわけですけれども……』
『現在の公式値は38万C(チャンコ)とされていますね。大関の中でもトップクラスですが』
『今場所の結果によって、更に大きく伸ばしてくるでしょう。非公式値では、50万C超えとしているところもあります』
しかし、そんなやり取りは、既に彼女の耳には入っていない。
父の仇が、横綱になる。そんな事態だけは、絶対に避けねばならない。相撲を滅ぼさねばならない。
しかし、相撲は簡単には滅びない。そういうふうに、出来ている。
その力の源泉こそが、タニマチ(谷町)・システムと呼ばれる相撲支援機構だ。タニマチとはつまるところ、力士の贔屓を行う一種のパトロン、ないしはサポーターの集団である。しかも相撲は事実上の国技であり、その支援者ともなれば生中な競技とは規模が違う。全体像こそ不明だが、グランド大相撲の後援者(タニマチ)には、各界の名士や、政治家、大統領、悪魔までもが名前を連ねると真しやかに噂される。
タニマチ・システム自体は様々な業界に転用されており、絵師やユーチューバーなどにもタニマチが存在する場合があるのだが、これは余談の類である。
土俵の外の戦いで勝ち目はない。総理大臣や大企業の社長ですら、否、そういった立場であるからこそ。この国に根を張った相撲という名の土俵から外れることは叶わぬだろう。
だから、相撲に対抗するには、文字通りその土俵に登る他ない。力士に対抗するには、力士の力しかない。しかし、ここに大きな壁が立ちはだかる。
女性は土俵には上がれない。何故なら、相撲は神事であるからだ。この慣例に関しては相撲の唯一の対外的弱みとも謂え、過去にフェミニズム団体や外圧等による是正勧告が度々出されてきたが、少なくとも国内では「女子大生ドスコイ事件」での最高裁判所判例によって女人禁制が維持されている。
従って、女性が土俵に上がれるのは、せいぜいが町内会の子供相撲クラスか、或いは「女相撲」くらいと謂えよう。
だから、彼女は誰かに戦って貰うしかない。相撲を滅ぼす力士を、見出さねばならない。
『株式会社リキシードは……』
CMスキップ。
そう、彼女の代わりに戦う、誰かを。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます