第一話「リベンジ・チャンコ」
「三番テーブル、チャンコカレー特盛、お子様チャンコ、チャンコチャンポン、チャンコチャーハン大盛」
「ごっっあんです!」
家族連れからの注文を、ホール担当のウェイトレスがキッチンの相撲体型の調理担当に伝えている。これは、どこにでもある一般的なチャンレス(チャンコ・レストラン)の光景だ。
チャンコとは、そもそもチャンコ番力士の作った料理全てを指す言葉で、それが鍋であれカレーであれ、それが相撲人によって作られたものであるなら、すべてはチャンコなのだ。
力士は自分でチャンコを製造する能力を持つが故に、引退した相撲競技者が第二の人生として飲食店を経営することも多く、それがチャンコ文化を広めたという事情もある。とはいえ、「本当のチャンコ」を出す店は今や相対的に少数派である。
いちいち説明するまでも無いことだが、大相撲時代の日本にはあちこちにチャンコ・レストランやチャンコチェーンを名乗る店が乱立しているのである。どのようなジャンルの料理を出していようと、取り敢えず「チャンコ」と名乗れば間違いがない上、一定の集客を見込める。
多くの店がライスおかわり自由を採用していることもあり、外食といえばとりあえずチャンレス、という習慣が根付いている。そしてその労働力は、相撲部を中心とした学生アルバイトによって支えられているのである。
「2番はいりまーす」
先程注文をとっていたウェイトレスの少女がそう申告し、休憩室へと入っていく。『2番』というのは休憩の隠語だ。彼女は胸に、『佐々木』と書かれた名札を付けていた。
休憩室の点けっぱなしのテレビでは、都市対抗相撲の特集が始まっている。
「何より今季注目なのは、吉重の山本選手ですね。非公式ながら、相撲力は30000C(チャンコ)超えが確実視されています」
「30000Cといえば、十両に届きかねない値ですからね……これは期待がかかります」
彼女はリモコンを拾い、チャンネルを変える。
「今日の相撲天気予報」
チャンネルを変える。
「くらえ!俺のトンクラッシャー!」
「ぐわああああ!」
たしか玩具メーカーがスポンサーの、トントン相撲の販促アニメ。チャンネルを変える。
「G8サミットでの特別取り組みについて……」
テレビを消した。
「どうして、相撲ばっかりなの……」
ウェイトレスはそう呟く。
彼女の名は、佐々木美也。父親は、嘗ては大手企業で課長職に就いていた。しかし十年前……部長昇進相撲ファイトの日から。彼女の家族の運命は狂い始めた。
あの日、土俵に神は居なかった。彼女の父はプロ力士相手に十分間も粘り続け。そして、すべてを失った。父を止めるものは誰も居なかった。対戦相手も、上司達も、行司達でさえも。
日本相撲協会による緊急行司空中投下プロトコルによって勝負は水入りとなり、父親は辛うじて生命を取り留めたが……その時にはもう、二度と相撲のとれぬ身体になっていた。つまり、社会的に死んだも同然だった。
取り柄の相撲が取れなくなったことで父の出世の道は断たれ、部下からは軽んじられるようになった。家族は転職と引っ越しを余儀なくされ、程なく父と母は離婚した。彼女は父の側に付いたが、厳しい家計を助けるためにチャンコ・レストランでアルバイトをしながら高校に通っている。
あの日から相撲恐怖症になった父親は、テレビで相撲中継を見ることさえもしなくなってしまった。結局のところ。父親は、青春を捧げた相撲が好きだったのだと思う。だが、その相撲が、彼から何もかもを奪っていったのだ。
「だから私は、相撲に復讐する」
それが、彼女の静かな決意だった。ただの女子高生である彼女に、世の中を変える力はない。どうすればいいのかわからない。
それでも、父の寂しげな背中を見るたびに。その気持だけは、ふつふつと沸き起こってくるのだった。
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