第3話 盗人の葛藤

 俺は今、1人の男の様子を物陰から伺っている。

 ジゼルにもボーカーの件を話し、ボーカーへ行く為の準備が始まった。

 そこで準備の役割分担をし、俺は物資の調達役になった。

 3人の中では俺が一番この役が適任なのだ。なんせここは、治安のかなり悪いブロックだ。正当な方法で物資のやり取りは行われない。よって治安の悪いブロックでの物資の調達は決まって盗みになるのだ。

 盗みには自信がある。自慢出来ることではないが、俺の唯一の特技だ。


「(移動し始めたな)」


 俺は存在がばれないよう気配を極限にまで殺す。

 足音を立てないように、しかし素早く。男の後を追う。

 よし、そのまま行けば俺の仕掛けたトラップにかかる。


 男はしばらく歩くと大きな荷物が落ちているのを発見し、側に近寄った。

 胸に抱えていた荷物を下ろし、大きな荷物の中身を確認しようとしたと同時に屋根上に石を投げる。男の注意が石の落ちた音に向いた



 その隙に


「(もらった)」


 音をたてず、瞬時に荷物をすり替えた。


 バレないうちにその場から速やかに離れ、男の様子を離れたところから伺う。


 男は、荷物の中身を確認し、溜息を吐く。そしてすり替えられた荷物を胸に抱え歩き出す。

 背負うことのできない荷物を持っていると、どうしても何かをする時一旦荷物を置いてしまう。それを利用した盗み技だ。

 大きな荷物の中身は石っころを沢山詰めてある。

 そしてすり替えた荷物の中身は布と水が入っている。

 ソーマなりの気遣いだ。こちらが盗まさせて貰うのだからこれくらいの物資は残しといてあげないと……。


「悪い…」


 トボトボと歩き去っていく男の背中を見つめ一言そう呟いた。


 *


 荷物を家に置き、次のターゲットを探す。

 ターゲットを探すのに夢中になりすぎて自らがターゲットにされるのに注意し、常に物陰に隠れながら周囲を観察する。

 このブロックの、放浪の民の空気を肌で感じる。

「子どもの……声?」

 がした様な気がした。俺は声が聞こえた気がした方へと足を進めた。


 いた。女の子と男の子が廃都の大通りの真ん中で泣いている。

「あのままじゃ殺される……!」

 殺しが娯楽となっているこのブロックの連中の事だ。きっとあの子どもたちも娯楽の的だ。

 助けようと右足を踏みだ……そうとしたがそれを止める。


 罠なんじゃないか?


 そんな考えが脳裏に浮かぶ。あの子どもは囮で大人の協力者がいる可能性が高い。若しくは泣いたフリして隠し持っている刃物で攻撃。荷物を奪い取る。

 色んな考えが頭の中でぐるぐるとメリーゴーランドみたいに回る。


「本当に俺は優柔不断だなぁ……」


 はぁ…と溜息を吐き。空を見上げる。

 相変わらず俺には空が錆び付いて見える。

 前にアリスが俺に言った。

「このブロックの人たちが狂気に染まっていく中で、ソーマはずっと変わらず優しいから、だから優柔不断だと思うんじゃない?」

 アリスは俺を励ましたかったみたいだったけれど、俺にはその甘さを捨てろと言われてる様に感じた。

 他人を助けたいと思う俺の気持ちと、狂気に染まっていく誰も信じられなくなったこのブロックに対しての警戒心。

 この2つが俺の気持ちの中で常に戦っている。

 ほら、今この瞬間だって色んな事を考え、悩んでる。

「何なんだ俺…マジかっこ悪ぃ…」

 この言葉が自己嫌悪になって襲いかかってくる前に俺は視線を錆び付いた空から再び子どもたちへと変えた。


「…………っ!!」


 今までぐるぐる考えていた事が全て弾けとび、気がついたら体が勝手に動いていた。

 視界が子どもたちへと変わった時。目に飛び込んできたのは火掻き棒を掲げ子どもたちに振り下ろそうとしている男とそれに怯え目を瞑っている子犬の様な子どもたちの姿だった。


 この距離では俺がつく頃には子どもたちは助からない。

 なら…


 ズボンの両外側に取り付けてあるホルダーから投げる用のナイフを取り出す。

 一瞬、男の首元を狙おうと思ったが、子どもたちの前だ。いくらこのブロックが殺しで溢れているからといって無闇に恐がらせたくない。


 狙いを男の手元に変える。

 走りながら、息を整え、集中。投げる瞬間に息を止める。


「そこだっ!」


 シャッ!!と勢いよくナイフが放たれた。ワザと少し回転力を加えられたナイフは男の手元に直撃する直前に刃とは逆方向になり、結果的に打撃を与える形となった。

 男は急襲により驚いた事もあったが、手元に硬いナイフの柄をぶつけられ後ろに火掻き棒を弾かれた。

 手は腫れ、内出血を起こしている。


 すると、さっきまで子どもを殴るのに興奮した様子の表情から一変、命を狙われているという不安に駆られ男は逃げ去っていった。


 ナイフを投げた後に路地裏に隠れたソーマはそれを確認し、その場を後にする。

 子どもたちに声は掛けない。

 掛けたところで何もしてあげられないから。

 あとは自分たちの力で頑張って生き抜くんだ。俺がここまで生き抜けたんだからお前たちもきっと生き抜ける筈だ。





 子どもたちは。


「見てアリサ!」

 男の子の方が女の子の名前を呼んだ。

 アリサと呼ばれた女の子は兄の指をさす方を見て驚いた。

 ナイフが3本地面に刺さっていた。そのナイフの柄には紐が巻かれており、ビニール袋が繋がっている。そのビニール袋の中身は…

「わぁ……」

 沢山の飴玉、パン、非常食などが入っていた。

 兄は飴玉を取り出しアリサに渡した。

 可愛い袋をくるっとひねって中身を開く。

 アリサは飴玉の輝きにうっとりし、はっ!と我に返る。

「お兄ちゃんは食べないの?」

「僕はいいから、アリサほら!」

 兄に促され思い切って口の中に頬張った。その飴の味は


 ”優しさ”


 の味がした。



 第3話 盗人の葛藤 ~end~



 次回予告。


「人が人を飼う糞みたいな日だ」



 ……俺を逃して自分が身代わりになった幼馴染が……



 次回 第4話 奴隷選別日どれいせんべつデー

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