お母さんの足

漆目人鳥

お母さんの足

「そうねぇ……じつはね漆目さん」


妹さんが、少し身を乗り出し気味にして話し始めました。


今回の話は居酒屋で出会った姉妹から聞いた不思議な話です。



お二人のお母さんは昔から右足が悪く、その足を庇うようにして歩いていたそうです。

たまに、寒かったり、お天気の悪いときなどは痛むらしく、よく「イタイ、イタイ」と言っては足をさすっていたとのことです。


ある日の朝のこと、寝床から起きて来たお母さんが、妹さんに言ったそうです。


「F子、なんだかおかしいんだよ……。いつもは右足だけ痛いのに、今日は左足も痛いんだよ……」


お母さんにそう言われた、妹さん、F子さんは、『多分、右足をずっと庇い続けたせいで、ついに左足に負担が来たのだろう』と思い、お母さんにもそう言って、車で病院へ連れて行ったのだそうです。


果たして、病院でも特に原因らしいものが解らず。

お医者様もF子さんと同じ見解を出し、暫く様子を見ましょうと言う事になりました。


ところが、病院から帰ってきたお母さんの病状はその日のうちに段々と酷くなり、ついには立ち上がることすら出来なくなってしまったのだそうです。


その日の夕方……。

一本の電話が鳴りました。


F子さんの実の弟さん……G男さんの奥さんからで、その内容は、G男さんが交通事故に遭った、と言う知らせだったのでした。


G男さんは、軽自動車を運転中、居眠り運転の車に正面から追突され、大けがを負ってしまったのです。

しかも、衝突の際に両足が車体に挟まれ、潰されてしまい、確実に命を助けるためには、足を切断することも余儀ないと言う状態だったのだそうです。


医師から両足切断の了解を求められたG男さんの奥さんは、どうしていいか解らず、事故の連絡もさることながら、F子さんとG男さんのお母さんに意見を聞きたくて電話をかけてきたのでした。


この話を聞いたお母さんは、しかし、G男さんの足を切断することに猛反対したそうです。

命が危ないのだからと半ば諦め、母親を説得するF子さんの意見に耳を貸そうともせず、お母さんは最後まで切断の選択を許可しませんでした。


G男さんの手術は成功しました。

しかし、足は多分、一生歩けないだろうと言うことだったそうです。



「ただの偶然なのでしょうけどねぇ……」


カウンターで、とつとつと話していた妹さん……F子さんがつぶやきました。


つまり。


G男さんが交通事故に遭った日の朝、お母さんの足が両方とも痛み出したのは、G男さんの事故を予知したものでは無かったのか?

この話はそう言う話だと言うことでしょう。


「よくある話でしょう?」


F子さんがそう言って微笑むと、その微笑みに答えるように、


「ここまではね」


お姉さんがつぶやきました。


そう、この話には続きがありました。



その後も、お母さんの足の症状は全く良くなりませんでした。

足の痛む日が日に日に増えて行くと、足が悪いながらも元気に掃除や食事の支度をしていたお母さんは、段々と歩き回らなくなり、やがては床に伏せる日が多くなっていったのだと言います。


ところが。


まるでその事に反比例するように、G男さんの足は、医者が驚くほどに、

どんどんと回復して行き、ついには、杖を付いて歩ける程になっていったのだそうです。


お母さんはついに、お亡くなりになるまで、両足が治ることはありませんでした。

そして、G男さんは?


「元気に仕事してるんですよ。ええ、ちゃんと自分の足で歩いてますよ」


お姉さんは暖かい微笑みで私にそう言いました。

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