天才になれない少女の話
サトミサラ
Episode 00
それは実に、馬鹿げた少女であった。
その少女は、勉強ができないのが嫌でしかたなかった。そのくせ、すぐに勉強を放棄する。理解できないと、それが嫌で、どうしたって投げ出してしまうのだ。泣いてわめいた夜もある。課題が終わらずに学校をサボったことだってあった。できないくせに、変にプライドが高かった。できない自分を、嫌っていた。
少女は文学が好きだった。作家を志す少女は、いつも小説を読みふけっていた。それも同じ作品を、何度も読み返す。特に坂口安吾や太宰治が好きで、休みの日も授業中も、読みふけっていた。だから少女は現代文を学ぶのは好きだった。実技教科を除けば、唯一好きと言える授業だった。それ以外の古典だとか、英語だとか、数学だとかは、てんでできなかった。しかし少女の現代文も、完璧とは程遠いものであった。なぜなら少女は文学に魅了された。自由に解釈できる文学に、魅力を感じていた。想像し、自分なりに読むのが好きだった。例を挙げればきりがないが、特に中原中也の詩を読んだときは酷いものだった。テストで回答すれば、一点だってもらえないほどに突飛であった。あまりに奇想天外な着想に、教師は度肝を抜かれたのだという。少女は死を描くことが好きだった。そのため、死に帰結させることが好きだった。先ほどの中也の例も然りである。
死への憧れは、芥川や太宰に感化されたのだろう。少女は好きな文豪の作品を読むだけでは飽き足らず、彼らの生涯、人格、あるいは恋愛模様、時には悪癖を調べるのが日課となっていった。英単語だとか、そんな知識はまるで頭に入らないのに、そんなことばかりを頭に詰め込んだ。そして彼らの生き様に、畏敬の念を抱いたのだ。例えば、太宰の死。あの偉大な太宰は死にたがった。憧れの芥川もまた同じように死を望んだせいなのか、そこまでは分からないが、死にたがりという事実さえあれば少女は満足した。あの天才が死にたがったのだ、死を望むことの何が一体悪いのだろう。あるいは芥川の死。それは自殺の概念を変えたのだと聞いたとき、少女は酷く興奮した。自殺は狂った末の行為ではない、それどころか彼は落ち着いていた。
天才は死にたがっているではないか。死の末に何が待っているだろう。そんな調子で、少女は死に夢を見た。思えばそれは、何と浅はかであろうか!
今の例は極端であるが、それにしても少女は「正しい道」から外れることに憧れていたように思う。石川啄木や坂口安吾のように素行不良になりたかったのである。
少女は勉強嫌いではあったが、文章を書くことには異常なほど執着した。文章が書けないくらいなら死ぬとまで言う。それは高校三年生のとき、顕著に出た。受験勉強をしながら、少女は泣きわめいた。いかんせん勉学が嫌いだったものだから、文章を犠牲にしてまで行う意味を理解できなかった。作家に対する志だけが立派で、少女は未来を見ていなかった。現実を見る気など、さらさらなかった。
少女は死んでみたいというのだ。死ぬときの気持ちを味わってみたいと。あるいは発狂でも良かった。発狂の末に見えるものを、知りたかった。それは少女が敬愛する安吾から影響を受けたのであろう。薬に溺れていた安吾と同じ世界を、一度でもいいから見てみたかった。
少女はいつだってそんな「はみ出しもの」に憧れていた。自ら命を絶った芥川でも太宰でも、薬に溺れた安吾でも、借金で女を買って遊んでいた啄木でも、なんだって良かったのだ。だから少女は頻繁に「死にたい」と言ったが、そんなことはしない。もちろん薬なんて手を伸ばすつもりもないし、借金だとか男と遊ぶことだとか、そんなことだってしない。なぜなら少女は彼らになることはできないと分かっている。少女が口にする「死にたい」も「投げ出したい」も、つまりはただの口癖であった。少女は天才になりたかったのだ。はみ出しものが天才と同義であるはずがない、それでも少女はそうと信じるしかなかった。そう信じているから、勉学を投げ出しても、文章にのめりこんでも、そんな自分を許すことができたのだ。
少女は高校三年生だったわけだが、天才ではなかった。小説のコンクールに落選し、いよいよ受験勉強から逃れることはできなくなった。
天才になり損ねた少女は、さて一体どこへ向かうのだろうか。
天才になれない少女の話 サトミサラ @sarasa-mls
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