第7話 (異)世界を変えよう!

 これは、後から知った俺ら魔導技術者エンジニアがあずかり知らぬところで起きた話であった。いわゆる、誰がこんな話受けちゃったんだよ的な事案である。


 それは、俺らの工房の営業担当が、あるお客さんへ案件の相談に言った時のはなしであった。


「本日はタケミカヅチ商事の大番頭さまにお会いできる機会をいただきまして大変ありがとうございます」


 ——うむ。


「先日ご担当者様にご説明させていただきました、弊工房よりの在庫管理システムの提案のご検討結果をお聞かせいただけると言うことで……いかかでしょうか?」


 ——うむ。


「……価格面では以前の提案に比べましてかなり頑張りましたので。これで競合の工房にも弊工房も負けてはいないと思いますが」


 ——うむ。


「はい、ありがとうございます。でも、工期はいかがですかね。なにぶん仕様がまだ完全に決まっていないのもありまして、これ以上早めるには相当の……」


 ——うむ。


「うっ。無理をしなければ……だめですかね? 遅いですかね完成?」


 ——うむ。


「んん。こまりましたね。どれくらい早めないといけないですかね。一週間……じゃだめですよね」


 ——うむ。


「……一ヶ月じゃどうですかね。競合の工房さんの方は私どもより検討進んでいますから、もしかしてそれくらいでもできるかもしれませんが」


 ——うむ。


「じゃあどうでしょう。一ヶ月半、いや二ヶ月早めます。そしたら御社も十分に導入期間取れますよね」


 ——うむ。


「よし。そうしましょう。頑張りましょう。なに工房の連中は私が責任持って調整して来ます。じゃあ今ここで決めてくれたならさらに二割引きますから。どうですか?」


 ——うむ。


「はい! ありがとうございます。すぐに契約書送りますので。よろしくお願いします」


 こうして、あとで工房中を大混乱に陥らせた営業担当の暴走、タケミカヅチ商事在庫管理システムの短納期案件は、俺たちの知らないところで、密かに進行していたのだった。


   *


 ——が。


 そんなことがその日の夕方に起きていたなど知らない俺たちは、夜のハンバーガーショップで別の大騒ぎの途中であった。


 魔法式の夢から覚めたあとの、俺とキャンディだけの秘密にしておこうと思っていたちょっとした事件。それをスラッシュはなぜか知ってしまっているのだった。にたにたと笑いながら、奴は俺たちのことをじっと見つめていた。


「なんでこいつが、あのこと知ってるんだよ」


 俺はキャンディの耳元で小声で言う。彼女がそれを話すとはとても思えないが、


「この人リルさんと親しいんですよ。あの店の常連のようで……もちろん魔法式の相談なんかじゃなくお店の本来の目的で来店してたみたいですが……」


 キャンディが答える。俺の耳元で小声で囁いたのだが、スラッシュにもそれは聞こえていたようで、


「ああ、そうそう。リルお姉さまにいろいろ聞かせてもらったよ君たちのことをね」


 うわ。そういうこと。すると——人選ミスだろこれ。


 こいつに興味持たれたら全部バレバレになることだったってこと?


 と言っても他に適当な知り合いもいないし、聞いたこと忘れとって言ったって忘れ

ないだろうから、いまさらどうしようもないのだけど。


「二人で裸になって抱き合って、エクスタシーに達したんだってな」


 そりゃ、それは嘘ではないが、


「まて、言葉は正確に。中途半端に略すな」


 こいつ、意図的に言葉を省いてるな。


 これ以上こいつのペースに乗せられるとますます深みにはまってしまいそうだが、


「そうですよ。私たちは概念の夢の中で魔法式を巡る崇高な体験をしたんですよ。そういう絶頂エスクタシーですよ」


 いや、お前は余計なこと喋るな。


「でも裸だったんだろ」

「……それはキャンディの勘違いで」

「へえ、リルに聞いても、まさかと思ったが裸は本当だったんだ。あんたら思ったより大胆だね」


 うん、俺も、こいつスラッシュの術中にはまっている。キャンディも、俺も、この手の軽妙なやりとり得意なほうでないし、ここは余計なことを言わずに黙秘権を行使したほうがよいが、


「裸っていっても私はバスタオルかけてましたからね」


 ——ダメそうだな。


 キャンディに黙っとけというのは地球に太陽の回り回るなって言うに等しい。


「ほほう、バスタオル一枚の方がかえってエロいとオレは思うけどね、その個人的な見解は置いとくとして『私は』ね。もう一人の方はどうだったのかな……」

「それは……」


 昨日、あの夢の世界から戻って来た時のことを俺は思い出す。その時、俺とキャンディは当然夢の中に入った時とおなじように素っ裸で、夢の中でなんども心を融合させたせいか、いつのまにか抱き合ってしまっていた。で、それだけならまだよかったんだが、


「先輩……!」


 俺の方はバスタオルがはだけ股間は丸出し。それも、


『あらあら、ご立派になって。私のアフターサービス受けていくかい?』


 リルさんにそうからかわれても、ちょっと言い訳できなような状態になっていたのだった。……


「でも、先輩はいやらしいものに興奮したんじゃないんです。魔法式の中を巡りその式を解いていく素晴らしさに興奮してしまったのです。ボッ◯はボッ◯でも崇高なボッ……ムグググ……」

「いいからお前は黙ってろ」


 俺はキャンデイの口を塞いで黙らせて、これ以上傷口を広げるのを防止する。


「ふはあはははは! いいね。君たち。お似合いの変態同士だよ。魔法式で絶頂とか、興奮とか……一般人にはついていけないね」


 しかし、まだまだ俺たちをおちょくりたさそうなスラッシュに、


「えっ、お似合いだなんて……」


 まんざらでもなさそうなキャンディ。


 こりゃ、このまま放置するとまた永遠に本題に入れないパターンだな。


 ならば、


「ともかく、君たち、そういう小さい話は置いといて……」


 俺は少しスラッシュをきつく睨んで、そろそろ冗談は終わりというサインをだしながら、真面目な口調で話し始める。


「いえ、小さくは……むぐぐぐ」


 キャンデイの余計なアメリカンジョークみたいなツッコミは物理的に口を塞いでつぶして、


「今後の計画についてちゃんと話し合いたいんだけど」


 俺は一気に真面目な顔に変わったスラッシュに向かって言うのだった。


「世界を変える方法について」


   *


「ほう……正直俺は魔法式コードのことは良くわからないが、それは相当のすごいことなんだろうな……ってことはわかったぜ」


 スラッシュは、俺とキャンディの計画について一通りの説明を受けた後にい、つものおちゃらけた様子ではなく、とても真面目な口調で言った。


「……なら」

「協力は考えないでもないな」

「お!」

「スラッシュさん! ありがと……」


「まてまて……すぐやるとは言ってないぞ」

「それはもちろんスラッシュが都合が良い時で……」


「……一年以上先になるぞ」


「「え」」


「……今入っているプロジェクトが佳境だからな。正直休日もほとんど潰れている状態だ……その上でお前らのお遊びに付き合う暇はない」

「——お遊びじゃありません!」

「——キャンディ、待て……」


「おお、お遊びは……言い過ぎだったかもしれないがな、それは、工房の仕事に影響させてまでやる必要がある話なのか?」

「それは……そこまでは……」


 キャンディは、さっきまでんおちゃらけた様子とはまるで違う、スラッシュの真面目な顔つきに一瞬口ごもる。


 まあ、それはそうだ。普段の態度に問題があるといっても、スラッシュは工房のエース魔導師エンジニアの一人で、実際に魔術機構システムを組みあげて検証を行う能力は他の追従をゆるさない。


 それゆえ、彼なしでは成立しない——間に合わない案件も多々あり、それゆえ彼の予定を抑えるということは、工房の受注した案件のスケジュールに影響を与えるといっても過言ではない。


 そんな、引っ張りだこのスラッシュに工房の仕事の影響云々をいわれるとキャンディは黙るしかない。


 スラッシュは、今、彼が関わっているプロジェクトが終わったら、次の参加するプロジェクトも決まってて、それが終わったら次。一年後くらいまで予定が時間外も休日もびっしりなのだった。俺たちがこの後に作りあげる予定の魔導機構の仮想詠唱技術の革命に付き合えるのはずっと後になってしまうということなのだった。


 ならば、検証の助っ人は、スラッシュに余裕ができるかもしれない、一年後まで待つか? 他のもう少し暇そうな誰かに頼むか?


 それが、正しい行動なのは俺にも理解できた。工房の仕事に迷惑をかけてまでスラッシュに協力してもらうのは本末転倒であるのだった。そもそも、俺は、工房の仕事を楽にしようと、キャンディと一緒に魔法式にサブルーチンの構造を与えるプロジェクトを個人的に始めようと思ったのだった。そのせいで、工房の今の仕事に影響を及ぼすのはやってはいけないことのように思える。


 しかし、


「……それでも、やって欲しいんです」

「ほう……」


 俺は、それでもスラッシュに、俺たちのプロジェクトに参加するべきだと言うのだった。


「あんたでないと……できないような気がするのです」

「それは光栄な見立てだが……暇がないことは今説明したはずだが」


「一年後まで待てないんです。それに……」

「それに……?」


「1年後なら、あんたが、空いているって保証はないでしょ」

「……まあそれはそうだな」


「なら、1年後でも同じなら、無理にでも今手伝って欲しいんです」

「無償でか? 工房の仕事にはならないんだろ?」


「はい、申し訳ないですが……仕事ではなく……賛同してくれるなら」

「随分ずうずうしいな……」


 呆れたようなスラッシュの口調。


 しかし、俺は気づいていた。スラッシュの口元が少しニヤリとしていることに。


 俺は、ここで一気に攻め込むことにした。


「時間は全くないのでしょうか?」

「……?」


「今日も、ここには来れましたよね」

「そりゃ、忙中閑ありで……息抜きに来るくらいはな」


「休日にサキュパスの店に行く時間はありましたよね」

「は? 何が言いたい?」

 

「睡眠時間は削れませんか?」

「……俺がサボっていると言いたいのか?」


 少し、怒ったような顔のスラッシュ。そりゃそうだ。


 確かにいくら忙しいと言っても、人間二十四時間働けるわけでない。


 別に1日、2日なら徹夜でもなんでもしてやらなきゃいけない仕事というのはあるだろうが、それを年中続けるわけにはいかない。


 無理して毎日夜遅くまで働いても、寝不足は結局仕事の効率を下げるし、休日にリフレッシュしてすっきりとした気持ちにならないとやれない仕事っていうのも絶対ある。


 そうしないと、結局、仕事のパフォーマンスを低下させるだけ……ならまだ良いが、人一倍働いている工房のエースに突然倒れられたら、結局その方が大問題となる。


 結局、スラッシュは、工房のため。ちゃんと休む義務があるのだ。もちろんそれでも連日の終電帰りや、たまの泊まり込み、頻繁な休日出勤——彼は自分の限界を見極めながら最大限働いているのだと思う。


 しかし、


「サボっているとは思いませんが……それ・・をする価値があることだと思うのです」

「は?」


 俺は、そんなスラッシュに、限界を超えて俺たちを手伝えと言っているのであった。


「無理やり時間を作ってでもやる価値があることなのだと思うんです」

「…………」


 俺の言葉に、何か衝撃を受けたかのように黙り込んでしまったスラッシュ。


 いや、実は、さっきからのスラッシュの表情に大きな迷いがあるのを感じていたのだった。


 彼は、やりたがっている。


 このプロジェクトをだ。


 俺が他世界から持ち込んだ、プログラムの構造化やオブジェクト指向化などの概念。優秀な魔法式は苦手だと言いながら、優秀な魔導師エンジニアである彼は、その意味に気づいている。


 この世界の魔導エンジニアリングに革命を起こすような概念であると。


 スラッシュは、その革命に参加したがっている。


 ワクワクしている。その気持ちを抑えきれずに、いつも悪ぶった表情を保てなくなっていたのだった。


 スラッシュは、ため息をつきながら、顔をしかめ、ひねくれた笑顔になりながら言う。


「おう……やる・・のは構わないが、それは気持ちい良いんだな?」

「はい。多分、完成したら、ものすごい達成感と気持ち良さがあると思いますよ」


「本当だな」

「はい。保証します」


「保証? 随分安請け合いするな。それはリルの店に行くより気持ち良いんだな?」

「はい。リルさんもすごい興奮してましたよ。これは、完成したら今までで一番のエクスタシーが来るかもしれないって……」


「ほう……」


 スラッシュは、また黙り込み、何か考えている様子。


「……先輩大丈夫ですかね? リルさんより気持ち良いなんて、男の人って数式でも、そんなのが、そんなになるですか……いや先輩なってましたけど……先輩特殊あのかもしれないですし……」 

 

 そんなのばかりで、何かそんなのかわからないが。キャンディは少し黙っていて欲しい。お前が、そんなの方面で話をしても話が混乱するだけだから。


「……そう言う意味の、そんなのじゃない。そんなのとはちがう、そんなのだ」


 なので、なんとか黙ってもらおうと、俺も遠回りに話をするが、


「それでも、そんなので。そんなのになるんでしょ? いや私もそんなのでしたけど……」


「だから、そんなのの話でなくて……達成感とか、歴史的に名を残すとか、もっとロマンのある話で……」


「え、ロマンティックなそんなのですか……おまけに歴史に名を残すようなそんなのって、どんなそんなのでしょう……」


 ああ、もう! キャンディとこの手の話はやはり無理だ。


「だから、そんなのは、そんなのではないって……」


 俺は必死に、キャンディの暴走を止めようとするのだが、


「……はは! もういいぜお二人さん」


 いつの間にか、満面の笑みとなった、スラッシュが俺たちの会話に割って入ってくる。


「それじゃ、お前らの革命とやらを手伝おう。時間は……なんとかなるだろう……というかなんとかしよう」


 その、スラッシュの、ちょっと脅すような、試すような口調に、俺は彼の目をしっかりみながら首肯する。


 そして、


「よし。それなら、決まりだ。ただ、言っとくけどな、俺は、お前らが俺を退屈させそうであれば、いつでもこの話はおりるからな。ようは……寝ることや、飲むこと……」


 ——セックス以上のエクスタシーをお前らが俺に感じさせてくれるかが問題なのだ。


 とスラッシュは言うのであった。

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