第6話 勧誘開始
あれは夢だったのだろうか?
って言葉を夢の世界から帰って来た時に言うのも変なものだが。
そんな風に言いたくなるくらいに「あれ」は信じられない体験であった。
自分が、体も、下手したら自我も失って、魔法式の中に入るのだ。
いや、「魔法式の中に入る」っていうのは意味不明な言葉を言っている自覚はある。でも、そうとしか言いようのない体験であった。あれは。
言葉はいらなかった。俺は
そんな純粋思考体となったかのような、魔法式の世界で、俺は二人に伝えた。知りうる限りの、元の世界でのプログラミング技術について。機械語から、アセンブラ、構造化、オブジェクト思考。プロジェクト管理方法や使っていたツール。アジャイルやウォーターフォールとかのソフトウエア開発方法。
俺が、思った概念はそのままダイレクトに二人に伝わった。すでにいろいろ話をしていたキャンディにも、二つの世界の差分から伝わっていなかった真の意味合いが伝わった。それを二人は知り、歓喜した。
いや、歯に衣着せないでいえば、エロかった。喜び。エクスタシーに達していた。と思う。なぜなら俺がそうだったから。
こんな式の世界に入って、その中で自分が式の中をくぐり抜けて解になる。それにとてつもない喜びを感じた。リルさんのいうように、自分は大概の変態だなと思いながら。でも残りのふたりも大概だなと感じながら。
俺らは、何度もなんども互いに交わる。お互いの概念を交換し続けて……
*
夕方のハンバーガーショップ。俺は、キャンディと二人で、またそこにいた。
たまの休日を夢魔のリルさん訪問で潰して次の日。夢の中での出来事のはずなので、少なくとも体の疲労はないはずなのに、なんだか心も体も疲れ切ったまま工房に出勤。
なんとか一日を乗り切って、こうやって俺たちは会社は定時でなんとか抜け出しての、作戦会議なのだっただった。
「さすがのリルさんも、望むものをすぐには作るの無理だといってました」
「でも、理解はしてくれた?」
「はい」
休日、あの夢魔の店で精魂尽き果てた俺たちは、言葉少なくその場を去って家に帰って爆睡したのだが、今日の昼休みキャンディが
「二週間以上はかかるだろうって言ってました。もちろん基本的なところだけですけど」
「それでもすごいや」
コンピューターのプログラム言語に当たるようなものを、そんなものがまるでないこの世界で、数週間のうちに造りあげようっていうんだ。リラさんは天才とキャンディから聞かされていたが、その言葉に嘘や偽りはないようだ。
「微分魔石の工房もいろいろありますから、さすがに全部の製品にあわせた新しい仮想詠唱をつくるのは無理で、主要なものだけとはいってましたが」
「そうだよね……」
微分魔石というのは元の世界でのトランジスタからLSI及びそれでつくられたコピュータハードウェアにあたるものだ。
本来は魔石一つが一つの効果を持って、それしかできないのを、細かく砕いてそれを融合させ、魔法式に応じて様々な効果を現出できるようにしたものであった。この世界で、魔石の融合技術そのものは古来よりあって、自然には存在しない様々な魔法を現出されるにいたっているものだが、物理的な魔法としては使い物にならないほど細かく砕いて混ぜる。その技術が何十年か前にできたことにより、この世界の現代魔法技術はまた一つ別の大きな発展をした。
微分魔石の中の魔石の細片は入って来た魔力に関して、微小な反応しかしない。従来の魔石の利用方法——魔力を注ぎ込んで火力を得たり、水流を得たり、幻覚を見せたり——みたいな観点からすれば、話にならないくらい小さな効果しかそれは生じない。しかし、そんな小さな反応しかしない微分魔石でも、それを組み合わせていくことによって、いままでの魔石ではできないことができるようになる。
演算であった。魔力の入力に対して、基盤に配置された微分魔石が反応し計算——論理演算を行った結果の魔力の出力を返す。1と1を足す魔法式を入力すれば2を返す。そんな微分魔石を集積していった回路やその他の部品を組み合わせればこの世界のコンピュータの完成である。この微分魔石技術と物理的な動作を担う魔石やレリックの組み合わせてこの世界の仮想魔法技術は構築され、それは元の世界でのコンピュータが作り出したような革命を世にもたらしていたのだった。
だが、元の世界でのプログラミングにあたる仮想詠唱の技術がその微分演算回路を一対一で制御する方向でしか発展していないこの世界では、作り出す工房によって違う微分魔石の制御魔法式、それに合わせて別々にプログラム言語を作っていかないといけない。
「
そんないちいち微分魔石の工房毎に言語を書いていくのも面倒なので、たぶんこの世界での仮想魔法技術をもっと効率よく発展させるためには、微分魔石をコントロールするOS、前の世界でのUnixやウィンドウズやマックのOSみたいなものが必要なんだろう。
その必要性は、すでにあの夢の世界の中でリルさんにも伝えてあったが、さすがにそれはすぐには難しいのと、微分魔石の工房側でも今後の開発にはそのOSに仕様を合わせてもらう必要がある。標準化が必要になる。
だからまずは、目ぼしい微分魔石製品にあわせてプログラム言語を作ってもらうことになったのだった。
「OS。説明を聞いてみれば、確かに必要ですね。今後リルさんのつくる仮想詠唱技術を汎用的に使いたいなら。しかし先輩……」
ん?
「なんでこんなすごいこと考え付いたのですか?」
「それは……」
俺は自分の転生——前の世界の記憶を突然思い出したことをキャンディに話すべきか迷って一瞬口ごもる。魔法があるこの世界でも、物語の世界のほかでは転生などができたことがあるなどとは聞いたことはなく、話しても冗談か何かだと思って信じてもらえないかもしれないけど。しかし、試しにでも話すことを俺に躊躇させてしまうのは?
「どっちにしても、すごいですね。最初サブルーチンとか構造化とか言われた時もびっくりしましたが、他にOSとかプロジェクト管理とかそこまで用意周到に考えていたとは恐れ入りました……というかちょと信じられないくらいなんですけど。まるでどっか別の世界でこういうの見てきたかのようですね!」
「いや……」
その時、少し表情を暗くしながら言っていただろう。なぜなら、俺はちょっと後ろめたい思いを抱きながら話していたからだった。
「そんな世界なんてあるわけないさ」
俺がその時求めたのは、後輩が向けてくる純粋な尊敬の眼差し。
天才
評価。崇拝。
前の世界にいた時にたまに読んでた異世界転生のチート主人公みたいに、俺は、ただ、別世界からきたエンジニアというだけで、この世界で無双ができる機会をもしかしたら得ている——それに気づいてしまったのだった。
もちろん、元の世界では大したエンジニアだったわけでもない俺一人でできることなど限られているが、この世界にいる優秀な仮想詠唱者や魔導回路技術者なんかを組織して、成功するのがわかりきっている——そこまでいかなくてもかなり可能性が高いイノベーションを次々にビジネスにしたらどうだろう。
OSを作り独占してしまえば? 俺はビルゲイツみたいな大金持ちになれるのだろうか? ソフトだってそうだ、この世界にはまだ表計算ソフトもワープロもペイントソフトもない。俺にそれが簡単につくれるとも思えないが、それがどういうものかは知っている。そしてきっとこの世界の人々もそれを欲しがるだろうと。
だが、俺はそれはなんとなくあまりにズルなような気がしてしまう。俺がそれで流大金や栄誉を得るというのは、やってはいけない行動に思える。そんなズルには、きっと報いがくる。だからおれは、もしこの世界でイノベーションを成功させることができても、それはすべてフリーウェアで提供したいと思ってはいるのだが……
「でも、どっちにしてもリルさんの作っているのが完成するまではこの話はあまり大きくしない方が良いですよね。変な横槍が入ったり、アイディア横取りされて特許を取られちゃったりしても嫌ですから」
首肯する俺。
そして俺がプログラミング技術の進歩した世界からの転生者であるなどという話も迂闊に話さない方が良い。
そんなこと言い出す、ちょっと危ない人の妄言だと思われると一気にみんなの信頼が落ちる。俺の言っていることが、論理的に正しくても従うのがためらわれると思われるのだ。
まあ、ともかく俺に異世界チートに憧れるようなゲスい虚栄心が全くないと言えば嘘になるが、それを恥ずかしく思ってすべてぶちまけたい青臭い正義感みたいな感情も確実にあって、その葛藤に今俺は囚われているのだけど……
少なくとも今はその辺の話は棚上げにしておいて、秘密にしておくしかない。俺はそう思いながら、
「ただ三人じゃ少し心もとないな」
「仮想詠唱式そのものは天才のリルさんがこのあとサキュパスのアルバイトそっちのけで本職の
夢の世界は基本的に時間が現実と同じようには流れない。一瞬が永遠になることもあるし、その逆もある。意志と精の続く限り、時間は強度として濃密に過ごすことができる。まり短い時間でものすごい開発をすることも可能らしかった。理系学生たちの貞操を犠牲にしながら。
「問題はこれをちゃんと仮想魔導回路に仕立て上げるところですね。まあ、そこは先輩そこそこ得意だし、組み上げに必要な魔導式を私が書くのもやぶさかではありませんが……」
「それをちゃんと
「はい。作った人が見直してもミスってわかりにくいんですよね。だから第三者的なテスターが必要なんですが」
「……そして俺らの話を理解して面白がって協力してくれる人。秘密を守ってくれそうな人」
「——それなら……」
実は、もう人選の結論は出ていて実はここに呼んでいるのだが。
「……でもよかったんですかね」
「なにが? 技術は確かだし、秘密は守る男だぞ」
「でも……」
いやキャンディが何を言いたいのかは分かる。
その男——俺たちが協力を頼んだ腕利きの魔導技術者——は、要求する条件をすべて満たす信頼できる奴ではあるのだが、一つとてつもない問題を抱える。そのせいで、工房でも崖っぷちの男と呼ばれるような奴であったのだ。
特に女性陣にとってそいつは、
「あ、来ましたよ……」
ちょうど自動ドアが開きハンバーガーショップに入って来た真面目そうなメガネ男子といった風貌のその男は、店の奥に俺たちを見つけると手を振りながら歩いて来ながら、嬉しそうに大声でいうのだった。
「おい、キャンディ! なに? お前、こいつのおったったチ◯ポをガン見してたんだって!」
ああ——。入って来たのは俺たちが今回の協力者として選らんだ腕利きの
工房の問題児にして、女性からの好感度ワーストワンの男。
スラッシュであったのだった。
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