第4話 夢魔の元へ

 元の世界で言えば新宿。それも歌舞伎町にあたる場所は、この世界でも似たような歓楽街が広がっている。


 それは、偶然なのか? それとも、ほぼ同じ土地の形状——起伏や水の流れ——なんかから必然的に同じような位置付けの街ができあがったのか? あるいは、二つの世界は別の世界ではあるが何か繋がりがあるのか? はたまた、その両方か?


 その正解はわからないけど、事実として、このソーラの首都ソーンには、なんとなく元の世界の東京と似たような街の配置が多々見られる。この歌舞伎町にあたる場所にある、歓楽街——ソドもそんな場所の一つであった。


 元の世界の新宿駅にあたる魔導列車トレインのノーヴァ駅からしばらく歩けばいつのまにか迷い込んでいるその場所。立ち並ぶ建物にぎっしりと飲食店やら酒場やらが入っているメインの通りを抜け、ちょっと路地に入れば性を売りにするような店やら、連れ込み宿やらの怪しげな店がだんだんと増える。魔窟。うっかり入ろうものなら身ぐるみ剥がされるような店も多々と言うこんな場所に、俺は個人的にあえてくるような度胸も暇もないのだけれど、


「いつきてもここは緊張します。あんまり期待場所じゃないですね」


 意外にも、この連れの残念少女キャンディはそうでもないようであった。


「あっ、でも誤解しないでくださいね。いやらしいことしに来てるわけじゃないですからね」


 いや、それは微塵も疑っていなかったが、


「確かにそれじゃ、だれもお前を拾ってくれないだろうな……」


 キャンディはこの間のレストランの時とは大違い。いつもの工房オフィスでの残念さを二乗で爆発させたようなその姿に、俺は別の意味で呆れているのだった。


 声をかけてくる男避けなら、ぼさぼさの髪やすっぴんの顔——いつものそんな格好で十分であったと思うのだが。今回のキャンディは、かなりやりすぎ。ホームレスの人が修行中の求道者かなって言うくらいのぼろぼろの格好であった。


 擦り切れて汚れたマントの下は、いつの時代の服なのかっていうか分からないような黄ばんだブラウスにボタンの取れたベストを着て、ところどころ継ぎのの当たった太いズボンの裾を泥まみれの軍用ブーツの中に入れている。


 魔法使いの帽子も被っているので、かろうじて、この女の人は魔導関係者で、その手の秘所も多いこの歓楽街に何か用事あるんだろうなと道行く人も思ってくれるだろうが、それがないと帝都の警備隊に職質受けて連れてかれても文句は言えないような格好である。


「へへ、ここまですれば絶対誰も近寄って来ないですよ。私、身持ち固いですよ。こんなところで純潔無駄にすることはないように念には念をいれてますよ」


 うん。格好だけでなく、ガスマスクして、メイクも目の周り真っ青にして、なんと言うか狂乱の魔女って感じになってて、これじゃ確かに誰も近寄らないかもしれないが……そんな女の横で歩いている俺の気持ちも少し考えてほしい。さっきから路地に立っている強面のお兄さんがたも、俺のことを変な魔女に騙されてこれから食い物にでもされる哀れな男みたいな目で見つめていて、視線が痛い。と言うか恥ずかしい。


 なので、俺はさっさと目的地に行きたいのだが、歩いてる途中も気を抜くとすぐ立ち止まって、新しい仮想詠唱プログラムの議論をして来ようとするキャンディをおだてなだめすかして歩かせる。


 そして、


「うわ、私、こう言う童貞力高そうなお兄さん好みよ」


 連れて行かれた娼館の一室で、俺はまさしく魔女に騙されて食い物にされそうな青年そのものの状況になってしまっていたのであった。


 今、俺は、リル——妖艶な夢魔サキュバスのお姉さんに見つめられ、蛇蛙の状態なのだった。


 だが、


「えっ、先輩童貞なんですか?」


 一気に緊張をぶち壊しのキャンデイの言葉。


「…………」


 と言うか、お前その話に乗るなよ。


「ふふ、彼氏、無言になっちゃって可愛い。そっちの残念な女より私の方に乗り換えた方が良いわよ。もちろんお金はいただくけれど」

「だから、先輩と私はそう言うんじゃありませんって」


 いや、矛先がキャンディに行ってくれたのは助かるが。


「ふふ。本当にそうかしら? 特にキャンディの方。あんた、この経験豊富な夢魔サキュバスの目をごまかせると思ってるの、どう見ても恋してる女の目だわ」

「ですから誤解ですって。今日はここに来たのは本当に仕事のためなんで」


「ふふ。仕事で親しくなって、信頼したら、それがいつのまにか恋に変わっていた。どうかしら?」

「それは……信頼はしてますが……そんな悪い男じゃないと思ってますが……」


 ほらキャンディ。夢魔の甘言にのるんじゃない。


「で……仕事にかこつけてこんな街に連れて来て、もしかして盛り上がって一線を超えてしまうかもって思って……」


 いや、この頭がイっちゃったピエロみたいな格好の女子とロマンスは絶対起きないと思うぞ、


「それで、童貞食っちゃって、あんたみたいな残念女も一生で一度のワンチャンあるとか思ってるんじゃない?」

「えっ、先輩童貞なんですか」


 ああ、話がループする!

 ならば——ドン!


「——ともかく!」


 俺は、机を叩きながら言う。一向に進まない話がじれったくて、不本意ながら、この夢魔のお姉さんとの交渉は俺がやるしかないと悟る。


「今日は、仕事の話に来たのは本当ですから。まずはそれをさせてください!」


 と俺はこの妙な方向に脱線する流れを断ち切るべく、不退転の決意を込めて言う。


「いいわよ」

「だから仕事の話を早く!」


 と俺は不如意の状況を打破するべく決意を込めて言う。


「いいわよ」

「ごまかされませんよ。仕事の話をさせてもらいます!」


 と俺は不本意の流れを変えるべく……え?


「って? いいんですか? 仕事の話?」

「うん。いいわよ。って言ってるじゃない」

「……ああ、それならいいのですが……」


 なんか、このお姉さんの目が仕事の目じゃないんだけど。具体的にはなんかエロい感じなんだけど。


「まあ、私も暇じゃないんでさっさとやってしまいましょ。大体の話はキャンディに聞いてるから。新しい仮想詠唱プログラムのアイディアをあなたは持っていると言うことなのよね」

「そうです。それは魔法式を構造化して、できればオブジェクト思考なんかも取り入れて……」

「まって、まって——そんなめんどくさい話いきなりされても私にはわからないよ……」


 え? この人は夢魔でエロい仕事してる人だけどこの世界有数の魔導式の天才だってキャンデイに聞いたんだけど?


「ああ。キャンディはそこまで私のこと教えてなかったのかい?」


 ん? キャンディは恥ずかしそうに下向いてしまったが。


「私は夢魔サキュバスだよ。ならば仕事は夢の中でするのに決まっているだろうよ」


 俺は、さらにエロい目の光になったお姉さんが、ぐっと近づいて来て耳元で艶かしく囁くのを聞く。


「さあ、お客さん。私の仕事の時間ですよ。そこのベットに、裸になって寝っ転がってもらおうかね」

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