第2話 思い……だした……?
俺は思い出した。異世界に転生したその日のこと。ここから見たらそちらの方が異世界となる——前の世界で死んだ時のことだった。
そして、死因も思い出した。
俺は、異世界に転生するにあたって、ダンプカーに引かれたのでもなければ、本来死ぬべきでなかった死だったわけでもない。突然の死ではあったが。それは、今思えば、そうなるべくして用意されていた死。いつかは起きる可能性がある状態のなかで当然のように起きたことに過ぎなかった。
連日の徹夜。たまに休めば呼び出しの電話。度重なるスケジュール前倒し。クレーム対応。体力も精神もゴリゴリと削られる、ひどく生活に問題のあった毎日の中で、それは起こるべくして起きた「突然」であった。
過労死——といって良いのだろう。自分ではまだ大丈夫頑張れると思っているうちに、いつのまにか戻れない一線を俺は超えてしまっていたようなのだった。
その時俺の入っていたプロジェクトは、ある会社に新しい社内網を提供すると言うものであったのだが、度重なる仕様変更や検証で発見された技術トラブル。業者の納入遅れ。ありとあらゆる問題が山積みになった状態で、修羅場状態、いわゆる
それは本当にひどい有様であった。悪い方向に、負のスパイラルに俺達はどんどんと巻き込まれていた。ちょっとした工程の遅れは、さらなる工程の遅れを呼ぶ。それが大事にならないうちになんとかしないといけないのに、人も物も金も足りない。だからと、個人の無理やりの頑張りと長時間労働で挽回しようとすると、さらに効率は悪くなり、さらなる努力と長時間労働の必要となる。その終わりなき悪循環が始めれば、その見通しのない未来に潰されて、人が一人倒れ二人倒れ。一人去り二人去り。
ならば——こんなんじゃだめだ。もっと根本的にプロジェクトの管理を見直さなければ。俺は、現状を見て、上司の管理者に何度もそう提言したし、その人の方でも問題意識は同様で、いろいろ動いてくれてはいた。しかし、気づけば、その改善をするための時間がもはや残されていない状態。
そんな、悪循環も悪循環の中、とどめは上司の管理者のプロジェクトからの離脱だった。
他の海外プロジェクトも持たされていた上司が、そっちのデスマの火消しでしばらくアジアを行脚しなければなったため、俺のプロジェクトはチーフである俺が面倒見なければならなくなった。そんな重圧が俺にのしかかり、しかし自分がやるしかないと言う責任感だけを支えに、俺は連日の激務に耐えて、ついにシステムの完成の日を迎えたのだったけど、
「……岩巻さん?」
俺は、一緒にお客様ビルに機器設定に来た後輩の
——あの時に俺は死んで、この世界に転生したんだろうな。
全てを思い出した俺は思う。
いや、そんな風に俺に説明してくれた神様がいたわけじゃないし、意識が失われた後のことを覚えてないからって、そのあと死んだと決めつけるのも早計な判断とは思う。
そもそも、「思い出した」とか言うこと自体が俺の妄想の結果なのかもしれないし。だが、俺は思い出したとたんに、それが本当にそうであると、なんか妙な確信を持っていたのだった。
だって、それは俺が体験したまぎれもない事実。それを疑うのは、それがどんなありえなさそうことであれ、自分を否定することになる。と言うか、今はそれ以外に自分が鮮明に他の人物の半生の記憶をもっている理由を思いつかないので、それはそうであるとして思っておくしかないのだが、
「……もしかしてこいつもそうなのか?」
「ん、先輩。私の顔に何かついてますか?」
「いや……」
食べかすなら口の周りにいっぱいにつけている、キャンディを見ながら、俺は前の世界での同僚、飴屋のことを思い出して言る。
もちろん二人は別人。俺が、前の世界の俺、岩巻某と姿形がぜん全然違う以上に、キャンディも飴屋とは全然違う外見をしている。だが、なんか似てるんだよね。顔の雰囲気とか、性格もガサツで天然だがまっすぐで嘘がないとことか。
「なんか、お前よく見たら昔の知り合いに似てるなって思って」
「はあ、なんですかそれ。昔の恋人かなんかですか? それ、なんかの口説き文句ですか? ふふ、正直先輩のことそんな嫌いじゃないですが——私はそんなありふれた手で安売りするような女じゃないですよ」
ああ、レストラン、スペシャルコースでも良いっていったら、遠慮なく頼んでくるような女だからな。安くはないな。あと知り合いに似てるってのも褒め言葉じゃないからな。そいつも、お前みたいな残念ちゃんだったからな。
「そんなんじゃないよ」
「そ……そうですか」
なんだかちょっと残念そうに見えなくもないような表情でしたを向くキャンディ。
もしかしたらこいつ本気でおれに気があるのかもと一瞬思うが、
「ゲプ……」
そんなちょっとしたトキメキも一瞬で台無しにする
俺は、でもその自然体になんだかほっこりとして、思わず笑ってしまうと、お返しとばかりに笑いかえすキャンディ、そのの顔は、いつものぼろぼろの様子ではなく、しっかりと化粧して髪もセットしていて、正直衆目を集めるに値する——そんな美女をはべらしてと、周りの席からも羨ましそうに見つめられている俺である。それは正直、悪い気分ではない。
「ああ、随分食べました。今日はごちそうさまでした」
それに、随分と喜んでもらえたようでホッとした。
「いえ、おそまつさま。と言うか、今回はこれくらいじゃお礼は足りないよな」
何回ユーザに土下座にいかきゃならないかわからなくなるような、あの窮地から助けてもらったのだ。ほんと、これくらいでなんとかなるなら何度でも頼りたいところだ。
「……でもまだフルーツロール残ってますけど」
「それは、もちろん約束を守るが、今日はもうイシュタル堂は閉まっちゃってるから今度な」
「まあ確かに、さすがの私も今日ケーキ食べようとは思いませんが……」
コースのデザートをケーキバイキングに変更して食べまくったキャンディは少し何か考えているような顔をしながら言った。
「……ケーキも店で一緒に食べませんか。もう一度こうやって二人っきりでお話したいんですけど」
「ああ、いいよ……俺も実はそうしたいと思ってたところだ」
うん、この会話。傍目からすると随分色っぽい雰囲気に聞こえるかもしれないが、さにあらず……
*
店の外はすっかりと夜。科学の代わりに魔法が発達したこの世界では、街は魔力によって照らされている。とはいえ、その中世ヨーロッパテイストの風景は、俺の記憶の中の日本の姿とだいぶ違うのだが、時々、あれ? 元の世界に戻ったのか? と勘違いしているような場所にも行き当たる。
元の世界での日本が、アジア文明の基盤に近代西欧科学文明をミックスした国だったとすれば、今俺がいるこの世界のソーラと言う国はこの世界の東方の伝統陰陽文明に西方で発展した近代魔術文明を混ぜてできた国。だから、日本になんとなく雰囲気が似てくるのもそうなのかなって気がする。同じ下書きに違う色を塗ったが構図とかは同じ絵。兄弟みたいな二つの世界。違うは違うが、あり得た可能性どうし。この世界と元の世界の関係を俺はそんな風に理解している。
歴史も微妙に似ている。この世界が、近代魔法文明による大航海時代を迎えた時には外乱を恐れて鎖国していたソーラは大洋を挟んだ新興国ヴィンランドが送り込んだ白船によって開国されていたり。その後維新政権が魔法技術による富国強兵をはかったり……
その後の世界を巻き込んだ二回に渡る魔法大戦への関わり方も同じ。第一次魔法大戦には限定的な関わり方で、第二次大戦では最初は破竹の勢いであったが、国力に劣る当時のソーラでは拡大する戦線に対応できず最後に敗戦……
まあ、そんな風に似た世界であったとしても、自分がまたデスマが存在するような職業を選択してしまっていたというのは、なんとも笑えない。
というか、これじゃ俺、輪廻転生を繰り返しても解脱するのは相当先になるなと自らの業の深さを思い知る。前の世界の記憶を今まで思い出せてなかったとはいえ、またこんな職業を俺は選んでしまったのだろうと思ってしまう。
今から思えば——他にも選択肢はいろいろあった。
平凡な家庭に生まれ、普通に幸せに育ち、普通に普通の成績で
中堅
あと、
公務員試験も受けて、上級公務員は落ちたけど、王都庁には合格してたな。なんとなく地味そうに思っていかなかったのだけど……
いやいや、後の後悔先に立たずとはこのことだった。
他にも、面接を受けには行かなかったけど、もっと堅実で、仕事の環境も良い職場にも就職をチャレンジできたはずだ。
しかし、俺が結局選んだのは、前の世界と同じ
入ってしまってから、なんでこんな職業を選んでしまったのかと後悔するのだけれど……なんか先進的で未来があるような職業に思えたんだよね。
って、前の世界でSEになってしまった時と全く同じ発想でこっちの世界でもにたような職業を選んでしまった——!
俺は、自分が転生したうえ、同じような選択をして後悔をしてしまっているということに、なんともやる瀬無い、宿命のようなものを感じて、レストランからの駅への帰り道もずっと黙り、考え込んでしまっていたのだけれど、
「先輩——やっぱりちょっと考えたんですけど、今日はこのまま中途半端なところで帰りたくないんですけど」
もうすぐ最寄りの駅に着くかなといった時、キャンデイが思いつめたような表情で言った。この言葉だけ取れば、ポンコツ女がなぜかエロい誘いでもしだしたように思える。
「じゃあ、行くとこまで行っちゃうか」
で、それに対して、やはりこの言葉だけ取ればエロいものに思える返答をしてしまう俺であったが、
「はい。では、そういうの初めてでわからないんでやさしくおねがいします」
ああ、キャンディがさらに誤解を呼ぶような発言をして、
「でもちょっと辛いかもしれないよ。初めてだと……」
「構いません。次に二人っきりになる時まで待てません。今日、先輩から教えて欲しいんです。こんなムラムラした気持ちのままじゃ帰れません!」
「いや、ちょっとまて……」
夜とはいえ首都の小洒落た通りには結構人出も多く、周りの人たちは、信号待ちで大声で話している俺たちをなんだか生暖かいめで見つめていて……
「は……」
意味ありげな視線に、自分の今の発言がどう思われるかに気づき、顔を真っ赤にするキャンディ。
「「「「「「「「………………(ニヤニヤ)」」」」」」」」
俺たちは信号が変わったら、人々の誤解から逃げ出すように、ものすごい早足で歩き出すのだった。
いや違うんだよ。キャンディが俺に教えて欲しいのは、そういうことじゃなくて
——サブルーチン。
俺の世界のプログラミング技術のことなんだよ!
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