転生しても、俺は……またSE?
時野マモ
第1話 転生しても修羅場
俺は、今、もう夜半もだいぶ過ぎた
「きついな……」
俺は深い嘆息をしながら弱音を漏らすのであった。
ああ、いつものことであるが、なんでまたこんな時間まで残ることになってしまったのか。俺は本日の自分の行動を省みて、もう少しなんとかならなかったのかと悔やむことしきりなのであった。
ほんと、こんな深夜に
俺は、よく同僚に誤解されるのであるが、別に好きで会社に残っているわけではない。今日だって、昼は別件のお客様訪問で潰れてしまい、工房に帰ってくれたのが夕方過ぎとなれば、明日の納入の
単純に言えば、不運であった。
不幸が続いているのであった。
いや、もっと、正確に言えば、要領が悪いのであった。忙しいのであれば、難癖つけてでも、うまく他人に仕事を振ったり、自分の任された範囲外は他の人が困っていても頑として受けないなど行動が求められるが……俺は、どうしても、そうできないのであった。
過去に自分が組んだ魔導機構について聞かれれば、他が立て込んでいてもついつい答えてしまうし、
——別に、俺は、極々普通のことをしているのだと思う(最後のがちょと過度なのはおいといて)。
人間として、プロの
でもね……悲しいけどこれ仕事なんだよね。
他人にも、自分にも、冷徹に振る舞えない奴のたどる末路は……こんな風に深夜に職場に残る惨めな三十過ぎの男。
自分のことだけやればいいのでなく他人を助けたり、仲間と一緒にコミュニケーションをとって同じ
でも……
そのせいで、自分の仕事が遅れてしまっては本末転倒。プロの魔導師としては失格の烙印を押されても言い訳はできない。
だから——そうならないように——責任をとってこうやって深夜の工房に残る俺というわけなのであった。
ただ、
——残っているのは他に二人だった。
今日、鍛冶屋ギルドに納入したゴーレムがいきなり誤動作したと言われてあわてて
ご愁傷様である。
俺の方は、正直、そろそろ終わりが見えてきていた。最後に別の魔導師が作った魔法式を組み込めば、あとは提出する資料の見栄えをどうするかとか、プロとしてのこだわりの部分が残っているだけであった。
だが、他の二人は今まさに修羅場真っ最中。未だ絶賛奮闘中の様子であった。
「……お互い大変だな」
「——っ!」
「……頑張れよ」
「…………」
気持ちに余裕のでてきた俺は、向かいの席の二人に、気を使って声かけなどもしてみるが、顔に微笑みの見え始めた俺の言葉などまともに取り合ってくれるわけもない。余裕まるでナッシングの今晩の居残りの相棒たちであった。
というか、『お前殺す』みたいな眼光になてったな二人とも。
——
これ以上、構って逆ギレされても馬鹿らしい。
なので、俺は、自分の
「ぐー」
後ろで聞こえる大きないびきに、脱力しながら振り返る。
いや、今晩、工房に残っているのは俺の他に二人と行ったが……実はもう一人いる。仕事は終わったが、もう帰る気を無くしていて、
そいつを、俺は「残っている」のの数には入れる気は無い。実は今日だけの話ではなく、もう家が必要なのかというくらい毎日帰らないで工房に泊まり込んでいる。
帰るのがめんどくさいのか、少しでも長く仕事をしていたいのか? 工房に止まること自体が好きなのか?
その真意は計り知れん……というか知りたくもないが、今日も椅子を並べて作った不安定な即席ベッドの上に気持ち良さそうな間抜け面を晒しながら寝ている
——我が工房の若手
ああなったら終わりだね。
と、俺は、大口をあけてだらしない顔で寝ているのを眺めながら思うのだった。
その姿はもう、女を捨ててると言っても過言ではないひどい有様。ボサボサの髪にすっぴんの顔。よだれが椅子の上に垂れて溜まった上に頬を擦り付けて眠っている。
この子——キャンディ——がうちの
この女はこっちが素で、ここに入る時だけ、気張って化けていたんだろうな。——とか俺は思いながら、甲高いいびきの音も物悲しい、深夜の
「……まあ、こいつの仲間にならないようにさっさと仕事終わらせてしまうか」
と工房にずっと残って公私の区別が無くなって、仕事に精神までとらわれてしまわないようにと、明日は絶対に工房に泊まり込みなどせずに帰ることを改めて決意するのだった。
しかし……
「何!」
俺は、振り返り見た目の前の
そこにはでかでかと
失敗? 俺がこの一ヶ月かけて仕上げた
しかし、
「
俺は、ひどく焦りながら、画面に映し出された魔法式を見つめる。
グラムの作った魔法式は、試験をしてそれをパスしたことは間違いない。俺は。試験をした担当者から直接その結果の報告を受けて、その時の書面も残っている。
つまり、仮想回路を用いたシミュレーションでは間違いなくクリアしていたのだから、すると俺の作った
「ああ!
俺は、その時、自分の失敗に気づく。
工房が
なので、俺は、先週に急遽、使う
新しく使った遺物は、ドルイドのヤドリギであるので、神話体系がギリシャからケルトに変わったのならば、合わせて使う魔法式も変えるべきであったのだ。
しかし、俺はそれを伝えるのを忘れた。と言うか、伝えるべき相手はやめちゃってるし、そもそも、ギリギリのスケジュールで追い込まれてしまっていた俺は、それを検証担当のショーロに伝えるのも忘れ……
つまり、グラムの作った魔法式は俺の
——さて、どうしよう。
俺は、頭の中が真っ白になって、途方にくれた。ロッソ
朝イチが何時を示すのか、俺らの業界では各自が立場によって都合が良い方に解釈しがちだが、それが昼飯時を超えることはないわけで……
なんとか……
なんとかしなければならないのだが……
「どうしよう……」
俺は、正直途方にくれた。
目の前の画面に映し出された魔法式。これが動かないのは事実だが、俺にこれを直す能力がないのも事実だ。
もちろん、俺だって、
とはいえ、そんな俺でも、正しい
「……これは……ひどい……」
魔法式が専門家でない俺でも、これがありえないくらいひどい魔法式なのは一瞬で理解できる。
同じような魔法式が冗長に何度も繰り返され……関係ない演算をそのままにして……エラーが出たのをとりあえず例外処理で逃げたまま……とりあえず
ああ、なんで、そこで
うん。だめだこれ。
ここから直すの、俺には無理だ。
上司に連絡して、誰か
ならば……
「しょうがないか。」
俺はそう呟くと、椅子の上から足を半分落としながら、馬鹿面晒して寝ているキャンディ女子のところまで行き、耳元にそっと口を寄せて言う。
「イシュタル堂のフルーツロール」
すると、熟睡していたはずなのに、一瞬でカッと目を見開いた
「ホール……ホールですよね!」
「もちろん」
俺が首肯するやいなや、野獣の眼光で、飛び起き、
「
問題の魔法式の映し出された
「……ふん。こんなもの、朝飯前ですけど。やるなら、深夜手当が必要ですよ」
俺は首肯しながら言う。
「もちろん。ケーキだけではない。好きなもの食べて良い」
「レストランテ・ディーバのコース……Bコースでまけといてあげるわ」
ああ、ディーバはBでも結構するんだよな、と少しビビりながら、でも背に腹は変えられない。明日の朝に間に合わすにはこの
「この際ディーバのAコースでも、スペシャルコースでも構わない。そのかわり……」
「かわり?」
「俺が、最後に組み上げる時間も考えて、朝の五時までには完成させてほしい」
「へっ……」
今はもう深夜一時をだいぶ過ぎ。もう三時間と少ししかない。
「やっぱ、無理かな?」
「む、無理なわけないでしょ! 私を誰だと思ってるの……」
ああ、女を捨てて魔法式に全振りすることで超絶スキルを得た天才「残念」美少女キャンディだ。
「ま、まかせなさい! 五時だなんて言わずに、四時までに仕上げてみせるわよ!」
煽れば、煽るだけこっちの思惑に乗ってくれるチョロい奴でもある。
でも、まあ、さすがのこの女でも、完成は四時どころか五時でも無理だとは思う。
それほど、グラムの作った
だから、俺は、彼女が魔法式に夢中で取り組んでいる後ろで、朝一で少し納入が遅れる旨の謝罪をする覚悟をしながら、思わずこんな言葉を漏らすのだった。
「ああ、せめて魔法式にサブルーチンの仕組みだけでもあったらもっと楽になるのだけどな……」
「サブルーチン? なにそれ?」
俺は、いったいキャンディが何を疑問に思っているのかが理解できない。
「サブルーチンって言ったら、サブルーチンで……それがあったら大きな
その時、愕然とした表情で固まってしまっているだろう俺を見てキョトンとしたヒ様子のキャンディ。その姿を見て、俺は、気づいたのだった。
サブルーチン? そんなものは無い。
この世界には。この科学ではなく魔法が発達し、さらに今、旧来からの、詠唱や魔導具を介する魔法ではなく、科学では半導体技術にあたる微分魔石技術により
——この異世界には!
俺は——思い出した。
俺は「前に」こんな風に、同僚の
俺は、
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