転生しても、俺は……またSE?

時野マモ

第1話 転生しても修羅場

 俺は、今、もう夜半もだいぶ過ぎた魔法工房オフィスにいた。昼には活気……というか、殺気とさえ言えそうな喧騒に満ちた我が工房も、流石にこんな時間となれば残っている人はほとんどいない。無駄に明るい灯りが照らす、そのガランとした室内を、侘しい気持ちで眺めながら、


「きついな……」


 俺は深い嘆息をしながら弱音を漏らすのであった。


 ああ、いつものことであるが、なんでまたこんな時間まで残ることになってしまったのか。俺は本日の自分の行動を省みて、もう少しなんとかならなかったのかと悔やむことしきりなのであった。


 ほんと、こんな深夜に工房オフィスに残っていて良いことなど何もない。なのに、今日もこんなことに……


 俺は、よく同僚に誤解されるのであるが、別に好きで会社に残っているわけではない。今日だって、昼は別件のお客様訪問で潰れてしまい、工房に帰ってくれたのが夕方過ぎとなれば、明日の納入の魔術機構システムの最終チェックが遅れに遅れこんな時間まで居残りとなってしまっているのだった。


 単純に言えば、不運であった。


 不幸が続いているのであった。


 いや、もっと、正確に言えば、要領が悪いのであった。忙しいのであれば、難癖つけてでも、うまく他人に仕事を振ったり、自分の任された範囲外は他の人が困っていても頑として受けないなど行動が求められるが……俺は、どうしても、そうできないのであった。


 過去に自分が組んだ魔導機構について聞かれれば、他が立て込んでいてもついつい答えてしまうし、仮想詠唱技術プログラミングの書き方で悩んでいる新入りがいるならば一緒になって考えてあげる。


 御用聞きセールス担当者が客先に呼ばれて叱られる時には、魔導師エンジニアとしてくっついていくのも厭わず、そこで余計な追加の魔導を頼まれることになっても、聞いたのは俺だからと自分で仕上げる。


 秘跡プロジェクトの完成後の打ち上げの酒盛りには、自分がほとんど関わっていなくても付いて行って……


 ——別に、俺は、極々普通のことをしているのだと思う(最後のがちょと過度なのはおいといて)。


 人間として、プロの魔導師エンジニアとしてやるべきことをやっているのだけだと確信している。


 でもね……悲しいけどこれ仕事なんだよね。


 他人にも、自分にも、冷徹に振る舞えない奴のたどる末路は……こんな風に深夜に職場に残る惨めな三十過ぎの男。


 自分のことだけやればいいのでなく他人を助けたり、仲間と一緒にコミュニケーションをとって同じ工房オフィスの一体感を醸成する——もちろんそういうのは大事なことだ。


 でも……


 そのせいで、自分の仕事が遅れてしまっては本末転倒。プロの魔導師としては失格の烙印を押されても言い訳はできない。


 だから——そうならないように——責任をとってこうやって深夜の工房に残る俺というわけなのであった。


 ただ、工房ここには俺一人というわけではない。


 ——残っているのは他に二人だった。


 今日、鍛冶屋ギルドに納入したゴーレムがいきなり誤動作したと言われてあわてて魔法式コードにパッチをあてているブルース。王都一番の縮緬ちりめん問屋から依頼された会計魔法POSの見積もりを間違っているのに気づいて夕方からあわててやり直しているヒルビリー。


 ご愁傷様である。


 俺の方は、正直、そろそろ終わりが見えてきていた。最後に別の魔導師が作った魔法式を組み込めば、あとは提出する資料の見栄えをどうするかとか、プロとしてのこだわりの部分が残っているだけであった。


 だが、他の二人は今まさに修羅場真っ最中。未だ絶賛奮闘中の様子であった。


「……お互い大変だな」


「——っ!」


「……頑張れよ」


「…………」


 気持ちに余裕のでてきた俺は、向かいの席の二人に、気を使って声かけなどもしてみるが、顔に微笑みの見え始めた俺の言葉などまともに取り合ってくれるわけもない。余裕まるでナッシングの今晩の居残りの相棒たちであった。


 というか、『お前殺す』みたいな眼光になてったな二人とも。


 ——くわばらくわばらabsit omen


 これ以上、構って逆ギレされても馬鹿らしい。


 なので、俺は、自分の仮装魔導画面ディスプレイ向き直り、さて最後の仕上げといきますかと、深呼吸して、グッと拳を握りしめ気合いをいれるのだったが……


「ぐー」


 後ろで聞こえる大きないびきに、脱力しながら振り返る。


 いや、今晩、工房に残っているのは俺の他に二人と行ったが……実はもう一人いる。仕事は終わったが、もう帰る気を無くしていて、工房ここで寝てしまっているのがいる。


 そいつを、俺は「残っている」のの数には入れる気は無い。実は今日だけの話ではなく、もう家が必要なのかというくらい毎日帰らないで工房に泊まり込んでいる。


 帰るのがめんどくさいのか、少しでも長く仕事をしていたいのか? 工房に止まること自体が好きなのか? 


 その真意は計り知れん……というか知りたくもないが、今日も椅子を並べて作った不安定な即席ベッドの上に気持ち良さそうな間抜け面を晒しながら寝ているうら若き女性・・・・・・


 ——我が工房の若手魔導師エンジニアキャンディであった。


 ああなったら終わりだね。


 と、俺は、大口をあけてだらしない顔で寝ているのを眺めながら思うのだった。


 その姿はもう、女を捨ててると言っても過言ではないひどい有様。ボサボサの髪にすっぴんの顔。よだれが椅子の上に垂れて溜まった上に頬を擦り付けて眠っている。


 この子——キャンディ——がうちの工房オフィスに入った時は、みんな、えらい美少女が来たと大騒ぎになったのだけれど、入って一年でこの有様。いくら何でも、乙女の劣化もひどすぎると男性陣の落胆も甚だしくもあるが……


 この女はこっちが素で、ここに入る時だけ、気張って化けていたんだろうな。——とか俺は思いながら、甲高いいびきの音も物悲しい、深夜の工房オフィスで眠る残念な美少女、と言うか美少女が残念な様子を、生暖かい目で眺め、


「……まあ、こいつの仲間にならないようにさっさと仕事終わらせてしまうか」


 と工房にずっと残って公私の区別が無くなって、仕事に精神までとらわれてしまわないようにと、明日は絶対に工房に泊まり込みなどせずに帰ることを改めて決意するのだった。


 しかし……


「何!」


 俺は、振り返り見た目の前の魔導画面マジック・ディスプレイを見て叫ぶ。


 そこにはでかでかと詠唱失敗エラーの文字が映し出されていた。


 失敗? 俺がこの一ヶ月かけて仕上げた魔術回路サーキットはさっきまで順調に動いていて、後は先週会社をやめたグラムという男の作った簡単な魔法式コードを組み込むことで、朝一でロッソ両替商バンコに納入する顧客管理魔術機構システムの完成のはずだった。


 しかし、


検証テストしたはずだったんじゃないのかよ」


 俺は、ひどく焦りながら、画面に映し出された魔法式を見つめる。


 グラムの作った魔法式は、試験をしてそれをパスしたことは間違いない。俺は。試験をした担当者から直接その結果の報告を受けて、その時の書面も残っている。


 つまり、仮想回路を用いたシミュレーションでは間違いなくクリアしていたのだから、すると俺の作った魔術回路サーキットがおかしくない限りは動くはずであるのだが……


「ああ! 遺物レリックが……!」


 俺は、その時、自分の失敗に気づく。


 神話体系エンジンを変えていたのを、グラムに伝えるのを忘れていた!


 工房が両替商バンクより頼まれた、顧客の行動の予知プレコグをするのに使う部品。それを俺はアポロン神殿の遺物により実現しようと考えていたのだが、頼んだ業者よりの納入が間に合わなかった。


 なので、俺は、先週に急遽、使う遺物レリックを変更していたのだった。


 新しく使った遺物は、ドルイドのヤドリギであるので、神話体系がギリシャからケルトに変わったのならば、合わせて使う魔法式も変えるべきであったのだ。


 しかし、俺はそれを伝えるのを忘れた。と言うか、伝えるべき相手はやめちゃってるし、そもそも、ギリギリのスケジュールで追い込まれてしまっていた俺は、それを検証担当のショーロに伝えるのも忘れ……


 つまり、グラムの作った魔法式は俺の魔術回路サーキットでは動かないものであったのだった!


 ——さて、どうしよう。


 俺は、頭の中が真っ白になって、途方にくれた。ロッソ両替商バンクへの装置の納入期限は明日だ。それも、いままでに度重なる仕様変更で、散々スケジュールが遅れ、これ以上は向こうもどうにもならないギリギリの日程。先方の魔法師たちも、この後一週間徹夜で導入作業をするのを前提にしての「明日」の朝イチだ。


 朝イチが何時を示すのか、俺らの業界では各自が立場によって都合が良い方に解釈しがちだが、それが昼飯時を超えることはないわけで……


 なんとか……


 なんとかしなければならないのだが……


「どうしよう……」


 俺は、正直途方にくれた。


 目の前の画面に映し出された魔法式。これが動かないのは事実だが、俺にこれを直す能力がないのも事実だ。


 もちろん、俺だって、魔法学校アカデミアではもちろん|仮想魔導プログラムの勉強をしたのだが、卒業してこの工房に入ってからは魔導機構の複合インテグレーターや工程管理ばっかりやってたので、ちゃんと製品として送り出せるような魔法式コードを書ける腕なんてない。


 とはいえ、そんな俺でも、正しい神話体系エンジンをラップするような魔法式を書くだけならなんとかならないかと思って、グラムの残した魔法式を眺めてみるのであったが、


「……これは……ひどい……」


 魔法式が専門家でない俺でも、これがありえないくらいひどい魔法式なのは一瞬で理解できる。


 同じような魔法式が冗長に何度も繰り返され……関係ない演算をそのままにして……エラーが出たのをとりあえず例外処理で逃げたまま……とりあえず顕現コンパイルだけがなんとか通るようにしただけだなこれ……


 ああ、なんで、そこで転移ゴー・トゥを無意味に使うんだよ。そのあとのロジックが無茶苦茶になるだろ。ああ、仮令イフ仮令イフを重ねて場合わけがわけがわからなくなって……


 うん。だめだこれ。


 ここから直すの、俺には無理だ。


 上司に連絡して、誰か魔法式者プログラマーを叩き起こして工房に来てもらうしか手はないが、それにしてもそこで最低でも二、三時間のロスとなると、明日の朝一に間に合わせるには……


 ならば……


「しょうがないか。」


 俺はそう呟くと、椅子の上から足を半分落としながら、馬鹿面晒して寝ているキャンディ女子のところまで行き、耳元にそっと口を寄せて言う。


「イシュタル堂のフルーツロール」


 すると、熟睡していたはずなのに、一瞬でカッと目を見開いた残念ちゃんキャンディ


「ホール……ホールですよね!」

「もちろん」


 俺が首肯するやいなや、野獣の眼光で、飛び起き、


仕事ヤマは何?」


 問題の魔法式の映し出された魔導画面マジック・ディスプレイを見る。


「……ふん。こんなもの、朝飯前ですけど。やるなら、深夜手当が必要ですよ」


 俺は首肯しながら言う。


「もちろん。ケーキだけではない。好きなもの食べて良い」

「レストランテ・ディーバのコース……Bコースでまけといてあげるわ」


 ああ、ディーバはBでも結構するんだよな、と少しビビりながら、でも背に腹は変えられない。明日の朝に間に合わすにはこの残念女キャンディに頼るしかないのだから。俺は、もうすでに椅子に腰掛けて押下装置キーボードを叩き始めたキャンディに向かって言う。


「この際ディーバのAコースでも、スペシャルコースでも構わない。そのかわり……」

「かわり?」

「俺が、最後に組み上げる時間も考えて、朝の五時までには完成させてほしい」

「へっ……」


 今はもう深夜一時をだいぶ過ぎ。もう三時間と少ししかない。


「やっぱ、無理かな?」

「む、無理なわけないでしょ! 私を誰だと思ってるの……」


 ああ、女を捨てて魔法式に全振りすることで超絶スキルを得た天才「残念」美少女キャンディだ。


「ま、まかせなさい! 五時だなんて言わずに、四時までに仕上げてみせるわよ!」


 煽れば、煽るだけこっちの思惑に乗ってくれるチョロい奴でもある。


 でも、まあ、さすがのこの女でも、完成は四時どころか五時でも無理だとは思う。

 それほど、グラムの作った魔法式コードはめちゃくちゃで、クライアントからの結構複雑な仕様要求を満たすには、いくら天才でもそれなりの時間がかかるだろう。


 だから、俺は、彼女が魔法式に夢中で取り組んでいる後ろで、朝一で少し納入が遅れる旨の謝罪をする覚悟をしながら、思わずこんな言葉を漏らすのだった。


「ああ、せめて魔法式にサブルーチンの仕組みだけでもあったらもっと楽になるのだけどな……」

「サブルーチン? なにそれ?」


 俺は、いったいキャンディが何を疑問に思っているのかが理解できない。


「サブルーチンって言ったら、サブルーチンで……それがあったら大きな魔法式コードを書くのがもっと確実になって……こんなはめになる機会もきっと減って……って? あれサブルーチン……⁉︎」


 その時、愕然とした表情で固まってしまっているだろう俺を見てキョトンとしたヒ様子のキャンディ。その姿を見て、俺は、気づいたのだった。


 サブルーチン? そんなものは無い。


 この世界には。この科学ではなく魔法が発達し、さらに今、旧来からの、詠唱や魔導具を介する魔法ではなく、科学では半導体技術にあたる微分魔石技術により仮想詠唱技術プログラミングでの世の中が大きく変わろうとしている……


 ——この異世界には!


 俺は——思い出した。 


 俺は「前に」こんな風に、同僚の飴屋キャンディに見つめられたまま、そのまま……たぶん死んでしまったのだった。


 俺は、修羅場デスマーチの途中で息絶えて、そしてこの異世界に転生したことを、今、転生舌先でも修羅場の途中で、それに気づいてしまったのであった。

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