土蜘蛛 二
弾き出されただけなら、どれだけよかっただろう。よくはないけど。
「いやあああ! どういうことよ、これええ⁉」
おかしい。あいつの力の及ぶ範囲からはそろそろ出てるはず……それなのに、むしろ加速している? 一体誰がこんなこと……
「美咲、危ない! 前! 前!」
「え? 前? えっ、どっち?」
「ああもう! 背中側! 早く! ぶつかる!」
……ぶつかる? 急いで首を回して確認すると、横に並んだ大量の窓ガラス。
まずい! 慌てて頭を押さえて衝撃に備える。あともう少し。頭を守る手に力が入る。思わず目を閉じてしまう。そろそろだ。ぶつかる!
………………あれ? 予想していた衝撃が来ない。目を開けて周りの様子を確認する。
ここは……建物の中──さっきはよく見えなかったけど、多分ここは学校なんだろう。同じ形をした机が、同じ方を向いて据え付けられている──? 視界の片隅に、女子学生が一人映っている。状況からして、私がガラスに激突する直前に、ちょうど彼女が窓を開けてくれたんだろう。誰かは知らないけど、ナイスプレー。おかげでまだお嫁には行けそうだ。そう安心したのも束の間、私の体は直角をなぞって方向転換、そのまま正面の向かい合わせの机の方へと突撃していったのだった。
結局、私の弾丸飛行は、机に置かれた──厳密に言えば、その机に座っていた男子生徒が目的をもって置いていた──十円玉に指だけ突き刺さるような、物凄く間抜けな形であっけなく終わった。……体は動かないままで。
どうやら、私は、正確には私の中のイヅナが、こっくりさんを始める時に呼び寄せられたらしい。
「マッキーさん! だ、大丈夫ですか!?」窓際から女子生徒が走ってくる。
「えっと……これは…………」騒がしいあっちとは対照的に、固まったままの男子生徒。地味な感じで、いかにも大人しそうな顔立ちだ。
「……! え? ウソ? マッキーさん見て! この人、耳生えてますよ、狐の耳!」
女子生徒が突然電球のように笑った。私が喋らないのをいいことに、女子生徒はさらに続ける。
「ほら、尻尾だってある! 白い色だから……きっと向こうのお稲荷さんの方から飛んで来たんですよ! つまり、この人はきっと本物のこっくりさんです!」
「いや、確かにこっくりさんが狐の霊だっていう説もあるけど、この人どう見ても……」”マッキーさん”と呼ばれた男子生徒が常識的なことを言う。けど、女子生徒の勢いはこんな大人しい言葉じゃ止まらない。
「とにかく、何か質問してみましょうよ! そうすれば、この人が本物のこっくりさんかどうかもわかります!」意味がわからない! いきなりその結論はおかしいでしょ!
「いや、いくら何でも……はぁ…………」こら! 諦めるなマッキー!
「そうだなぁ……こっくりさん、こっくりさん。マッキーさんの好きな人は?」
「────!」電球が質問した瞬間、マッキーが明らかに動揺した。それから少し間をおいて、私の指がひとりでに動き出した。三人の指を載せ、十円玉は五十音表の上を滑っていく。どうでもいいから、とにかく早く終わることを祈る。
「ま……ち……」二文字目まで、十円玉が答えを指し示した。そして次の瞬間──
「うわああ! 中止、中止!」向こうが電球なら、こっちはさしずめパトカーの赤い回転灯だ。警報みたいな叫び声をあげて、彼は机から跳び退いた。糸がぷつりと切れるように、不意に体が楽になる。
「あっ! マッキーさん駄目ですよ! こっくりさんまだ帰ってないのに手を放したら──ひっ!」まずいまずい。立ち上がる時にうっかり机を殴りつけてしまった。
もちろんこのまま帰ったっていいし、その方がいいんだろう。でも、何か言ってやりたい。初仕事を邪魔されて、お姉ちゃんを見返すチャンスがパーになった。そのことだけは納得がいかない。八つ当たりなのはわかってる。けど、もう口を閉じることはできなかった。
「あんたたち、いい加減にしなさい!」
「……とにかく、もうこんな遊びはしないことね。今度は何を引き寄せるかわからないわよ」とりあえず、言いたいことは一通り言った。用が済んだ私は、それじゃ、とだけ言って教室を後にした。外はすっかり暗くなっていた。
「……今日は運がなかったね」
「そうね……あれ? そういえばここどこ?」
「…………神主さんに電話して、来てもらう?」
「…………そうするわ」
「というのが、今回のいきさつで……」
車は真っ暗な田舎道を走っていた。たった今、神主さん──私がこっちにいる間、身の回りの世話をしてくれる人だ──に事情を説明し終わった。
「そうですか……お怪我が無くて何より」
ああ……神主さんはなんて優しいんだろう…… 一日目から失敗したことについては一言も言わずに──
「ですが、あなたが妖怪を取り逃がして怒られるのはあなただけではないと言うことは、ゆめゆめお忘れにならないように」
「──! ごめんなさい……」言われた。しかも滅茶苦茶怖い。助けてイヅナ──ってちょっと! 何狸寝入りしてんの!? あんた狐でしょ?
「……とにかく、帰ったら明日どうするかを決めましょう。すべてはそれからです」
「はぁい…………」柔らかい月の光が、私たちを照らしていた。今日はまだ、終わりそうにない。
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