灼熱は真実を捉えるのか 5
ブラウンの髪、緑のマフラー、ベージュのコート。魔術師リチャード=ドレークは、中部漁港にて全力疾走。一人の魔術師から逃げていた。
その魔術師が持っていた通信札から聞こえてきた呼び方から察するに、どうやら追手は笹見という名前らしい。
リチャードは日本語が得意ではない。何故なら、今回の件はあくまでも急な依頼に乗っかっただけであって、そもそもこんな国に別段来たい理由も興味もなかったからだ。金が貰えるならばどこにだって行こうじゃないか、というのが信条の『便利屋』である彼は、一応は経済大国の一つでもある日本の言語を学んだが、得意だ、と胸を張ることのできるレベルには達していない。
だが、言葉などなくとも、相手の感情というのはなんとなく読めてしまうもので。
海と隣り合わせになっているこの地を走り抜けながら、リチャードは背後に迫る小柄な女の子に向けて、片言の日本語で話しかける。
「ヤァ少女! キミは日本の魔術師だろう? そんなに怒った顔してどうしたノ?」
と張り上げた声に、少女と呼ばれた魔術師、
「ふっざけんなよ茶髪!」
とても『少女』と呼ばれた者とは思えない怒声に、
「wao!!」
といかにも外国人らしい反応を見せたリチャードだが、おかげでさらに怒りを高める笹見。
「今日はうるさい上司のいない平和な一日になる予定だったっていうのに……」
緩急をつけた怒りも、もはや八当たりだった。
笹見みづき、という魔術師にとって、今日がどれだけ楽しみにしていた日だったのか。
「お前は知らないだろうけど……上司のいない一日がどれだけ至福か教えてやろうかこのテロリストっ!!」
「フゥッ! クレイジーガール! 好きよクレイジーガール!」
「その高いテンション叩き落として落差でぐしゃぐしゃに潰してやるよ茶髪っ!」
――普通に考えて。
神田川を襲撃した犯人が無能だったことは確定したとして。
果たして同じような立場で、同じように使われているであろう魔術師、このリチャード=ドレークが、神田川を襲撃した魔術師より強いということがあり得るだろうか。
いや、あり得なくはないだろう。
ただ、圧倒的実力差があるかというと否定せざるを得ない。つまり。
日本魔術協会中部支部に所属する魔術師、笹見みづき。
通っている中学を緊急呼び出しによって抜け出し、放課後に向かう筈だった中部支部での安らかなひと時までも邪魔された笹見みづきの怒りは、そこいらの『便利屋程度』に負ける程穏やかなものではないのだ。
笹見みづき。彼女がここにやってきた時点で、リチャード=ドレークは投降すべきだった。そして間違っても、挑発紛いのことを、してはいけなかった。
この漁港は、つまりすぐそこに無限に広がる海は、彼女にとって自身の力を
――ここで、彼女が一連の事件の後、毎日書き続ける日記に記した、リチャード=ドレークについての一文から抜粋しよう。
『水を使う私にあんな場所で勝負挑むとか、たぶんあの茶髪は馬鹿なんだと思うけど、抵抗出来ない大人をいじめるとか、レディのすることではないよね、と反省中です』
その前に、レディをかなぐり捨てたあの狂気を、忘れてはいないだろうか。
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