灼熱は真実を捉えるのか 4
和川奈月は、厄介払いをされるように不知火達から離れると、通信札だけは握りしめて、公園内を走り回った。
嘉多蔵亜里沙の行方は杳として知れない。少しでも手掛かりを、少しでも、少しでも、と足を動かし続けるが、闇雲に捜して見つかるようならそもそも苦労はしない。
「くそっ! どうすりゃいいんだよ!」と、叫んだ所で、何かが変わるわけでもなし。
『聞こえるか和川奈月』
突然声が響いた。周囲に人はいない。ならばと、和川は通信札からの呼びかけに答える。
「なんだ大和!? なんかあったか?」
通信相手は、不知火オーディン大和だ。
『急くな。いいかい。先程君も見た神田川さんを襲った奴は、何者かに雇われただけで犯人などではなかった。本命は別だ。よく聞いてくれ。君は今すぐ、リチャード=ドレークという魔術師を捜せ。髪は鮮明なブラウン。緑のマフラーにベージュのコートを着ている』
それが、不知火が辿りついた答えなのだろうか。
「そいつが犯人ってことなんだな?」
『いいや。あくまでも重要参考人だ。雇い主か、それとも同じく雇われた側かは分からない。だが何かを知っている可能性はある』
「場所は?」
『分からない。どうやら、襲撃者とリチャード=ドレークが会っていた場所はこの公園ではないようだ。イメージの中には海が見えた。あちこちに日本語の書かれた船が見えるから、日本の港か何かだろうが、僕らの県には海がないから、手掛かりとは言えないかもしれない』
「そいつここにいるのか?」
『だから分からないんだよ。分からないから君に依頼している』
「うーん……よく分からんが、分かった」
『こちらはもう一つの手掛かりを当たる。何かあったらすぐに連絡を取り合おう。何もなくとも十分後には知らせてくれ。対応を考える』
「おう!」
通信札から不知火の声が聞こえなくなった。
特にやることが変わる訳ではない。ようは嘉多蔵亜里沙を捜しながら、同時にリチャード=ドレークという名の魔術師を捜す。対象が増えただけだ。
「ちょっとキツイかもしんないけど、早くみつけてやらないとな!」
そう言って、和川は体に魔術的な補助を追加する。
速さは限界を超えて、公園内を走り続ける。
一刻を争う。
小さな命に危機があるなら、止まっている暇などないのだ。
***
不知火はもう一つの可能性を探る。
それは、リチャード=ドレークという魔術師とは別の可能性。だが……
「やはり分かったのは名前と顔だけか」
神田川が呟いた。
不知火が使用した拷問用の魔術は、記憶を探ることを目的とした魔術ではない。本来は拷問用で、対象の意識がある内に使用し、人格の破壊を促すものだ。だからこそ、意識を失っている人間から読み取れる記憶にも制約がある。
制約、といっても、それらは明確ではない。ただ、全てが断片的で、都合の良いものほど何故か見えない。
今回分かったのは、この襲撃者は犯罪組織のようなものに所属している訳ではないということと、リチャード=ドレークという魔術師と港で会っていたということ。そして、
「サミュエル=ジョーンズ……、黒人の魔術師ですね」
その顔と名前だけだった。
不知火の中に入ってきた限りある情報には、犯人への直接的な手掛かりにはなり得ても、嘉多蔵亜里沙捜索、救出の為になるものはなかった。
「もっと、こう、索敵の魔術に使える『もの』があれば、居場所も分かるんですが」
不知火は歯噛みした。意に反して使用した魔術でも、これだけしか分からないのか、と。
「仕方ないさ。頭の中を覗くということはそれだけ難しいということだ。二人も参考人の情報が得られただけでも光明。そう考える他はない」
フォローするように神田川は言うが、それにしても、と言葉を紡いだ。
「まだ応援は来ないのか……さすがに遅くはないか?」当然の疑問だった。
一人くらいは辿り着いてもおかしくないのでは、と思う程に時間は経過したのだが、遅れそうだという連絡すらもない。
神田川は通信札を手に取った。連絡を取る相手は、日本魔術協会の中部支部に所属する魔術師、松来だ。
返答はすぐにあった。だが。
『神田川さんですか。ご無事で何よりです。ですが、申し訳ありません。後にしてもらっていいですか?』
予想外の一言だった。
こちらは子供の身に危険が迫っているかもしれないのだ。後にしてなどと言っていられる状況ではない。
神田川は一喝しようとしたが――。
松来の声は明らかに狼狽していた。姿の見えない通信に置いて、動揺は声からのみ受け取れる。それはより際立つものだ。
「……何があった」
松来は息を乱しながら言った。
『中部漁港で魔術師による爆破事件が発生した、との情報がありまして』
その言葉を聞いていた不知火も、驚愕の色を隠せなかった。ぞくっという不気味な寒気が体中を駆け巡る。
爆破。
誘拐事件が起きただけで居ても立ってもいられず、不知火はここにいるのだ。なのに爆破まで。
非日常は、もはや非日常という言葉では足りないと感じる程の圧力を持ったものに変わっていた。
だが、これで終わりではないからこそ、今、増援はここにいないのだ。
松来は早口でまくし立てる。
『さらにそちらに向かっていた
口を挟ませないとでも言うような勢いに、神田川もたじろぐ。
「落ち着け松来。そう一気に言われても入ってこない。聞くが、それはつまり、同時多発的に事件が発生したという認識でいいのか。誘拐事件の裏で、全てが今この瞬間に」
『……そういうことになります』
「どうなっているんだ。この地域一帯が魔術師に占領されているとでも言いたいのか」
『分かりません。ですが』
そう。ここまで来ると、疑いたくなる。
『全ての事件が同時に、偶然起こることなんてありえるでしょうか。勘でしかありませんが断言します。絶対にありません』
何が言いたいのか。それは、もはや二人には分かっていた。
「嘉多蔵嬢の誘拐も含めて、全てが繋がっている」
『そうなります』
「……他国からのテロ、とでも言うのか」神田川は冷静さの中に深刻さを込め、呟いた。
『実は、』
松来が重たそうに言葉を発し、さらなる開示を行う。
『先程、本部に連絡が付かないことを中部支部の北陸分所に問い合わせたのですが、「それどころではない」と言われまして……。我々中部支部と同じく、北陸分所も何らかの事件が同時多発しているのではないかと推測出来ます。そうなると、北海道東北支部、北関東支部、関西支部、中国四国支部、九州沖縄支部、全てが騒動の渦中にいる可能性すらあり、もしも支部の全てが事件を受けて一斉に本部に通信を試みたとしましょう。今日の「日本魔術協会の本部」に、十分に対応する力があるとは到底思えません』
神田川も不知火も沈黙する他なかった。だが、もしも松来の突拍子もないがしかし『あり得なくはない』その想像が事実だったとしたら、それは、もはや。
「――テロとしか、言いようがないな」
あくまでも事実だとしたら、である。想像の域は出ない。
しかし、現状の不気味さは、それを現実だと錯覚してもおかしくない程に緊迫していた。ただでさえ張りつめていた糸に、何十本もの糸が絡み合って、一つでも切れれば全てが瓦解してしまうような危うさが、空気に纏わりついて離れない。
ちょっと待て――そこで、引っかかったのは不知火だ。
「今松来さん、爆破があったのは『漁港』って」
『そう、だけど』
漁港。海。
繋がるものが一つあるではないか。
「もしかして、漁港爆破の犯人は、茶色の髪で、緑のマフラーにベージュのコートを着ていませんか?」
という言葉に、松来はピクリと反応し、
『……急いで笹見ちゃんに確認します』
と、通信は維持したまま、松来は別の通信札を使って、漁港に向かっていた中部支部所属の魔術師、笹見に連絡を取った。
僅か数秒。
松来はすぐに神田川が手にした通信札に声を戻した。
『不知火くん。ビンゴだ。その通りの容姿だったよ』
繋がった。繋がってしまった。
黒髪に黄色いメッシュを入れた襲撃者の記憶。
そこには、まさしくその人物と『海の見える場所』で会っていたことが鮮明に残っていたではないか。だとしたら、
「少なくとも……、この嘉多蔵亜里沙誘拐事件は、そちらと関係がありそうです」
そして、
「漁港爆破事件はリチャード=ドレークによって引き起こされた。従って、この誘拐事件に繋がるもう一つのカギは、サミュエル=ジョーンズ。その男が、亜里沙ちゃんをさらった犯人と言うことになります」
不知火は、真実に一歩近付く。そこに、反応を示す不知火の通信札。
声は、和川奈月のものだった。
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