第三章――灼熱は真実を捉えるのか 1

 和川奈月わがわなつきはアスファルトの上を走っていた。不知火しらぬいオーディン大和やまとも、和川に負けない速さで目的地へ向かっていた。彼らのスピードは常人を越え、本来なら肉体が悲鳴を上げるような空気抵抗も、魔術師である彼らにはさほど関係がない。


 この速さは魔術の補助を得てのものだった。


 人の速さを凌駕するその動きに、周囲の人はどう思うのだろうか。いや、人の目には彼らの姿は映らない。魔術には、対象に焦点を合わせないようにさせるものがある。背景に紛れ込むように、不知火は和川と自分にその魔術をかけた。魔術師に対しては目眩まし程度にしかならないが、一般人には二人の存在など一切認識できないだろう。尤も、ドライブレコーダーなどには、都市伝説にもなりかねない奇妙な二人組が映っている可能性がないわけではないが。


「大和! あとどれくらいで滝公園に着く!?」


 風の鋭く大きい音が通り抜けて、声など簡単にかき消えそうになるが、声量でカバーする。


「この速力を維持して、後五分で着くことが出来れば上出来かな」


 対して不知火は、移動を始めた段階から声に何らかの魔術的補助をつけていた。


「なるほど。じゃスピード上げて三分で」


「無茶を言うな。到着で力尽きては元も子もない」


 今回の目的は件の滝公園に向かうことではない。その公園で起きた事件を解決することだ。


 二人の所属する魔術結社、日本魔術協会の理事、嘉多蔵惟親かたくらこれちかの孫、嘉多蔵亜里沙かたくらありさを、誘拐犯から救いだすこと。


 それは単純な破壊ではなく、単純な守りでもなく、安全を確保しながら敵を撃破し、対象を保護しなくてはならない。それがどれだけ難しく厳しいことか。二人はそれを理解していた訳ではないが、なんとなくの部分で、それを感じ取っていた。――その時。


『和川くん、聞こえる!?』どこかからの声が和川奈月の耳に入った。


 和川は出来るだけ速度を落とさないように、ポケットに入った通信札を掴んだ。


「なんですか松来さん! 滝公園になら、もう少しで到着しますけど」


『急いで』


 日本魔術協会、中部支部所属の魔術師、松来の声は、明らかに冷静さに欠けていた。


 ただならぬ雰囲気を和川も不知火も感じた。


『先に現場に到着した神田川さんとの通信が急に途切れた。おそらく、何者かに襲撃されたんだと思う。たぶん、魔術師だ』


「ッ!?」


 和川は驚きを隠さずに喉を鳴らした。


 やはり魔術師か。と、予想はしていたものの、やはり緊張の糸は強張る。神田川とは、和川も不知火も数回顔を合わせたことがある。だからこそなのかもしれない。


「襲撃とは、複数からですか?」


 いたって冷静に。訊ねたのは不知火だった。


『分からない。通信が切れたのは、何らかの横槍によって無理矢理に途切れたからと推測しているだけで、本当に襲撃なのかどうかも分からない。現に、今協会本部に通信が取れないくらい、通信札から流れる魔力が混線しているんだ。幸い、中部支部圏内では今のところ障害は確認されていないけど、神田川さんとの通信もそうして切れたことを否定できない。ただ、否定出来ないだけで、限りなくゼロに近いと考えられます』


「つまりは、魔術師からの襲撃の可能性が最も高い、個か複数かは不明、と」


『そういうことになるね』


 事態は二人を待ってはくれない。常に時間は進み、事件は動く。


「松来さん! 俺達以外で早く着けそうなのは?」


『早くて十分』


「つまり一番早いのは俺達って訳か」


「どうやらそのようだね」


「大和、あと何分で着ける」


「速力を維持して四分はかかる」


「全速力で、二分で行こう」


「やめておけ。せいぜい、速力上げて三分だ」


「じゃあそれで」


 そう言うと、魔術の補助を受けた体に力を込めて、二人はさらに速力を上げる。いきなり長距離走を中距離走にするように、急激に体力面での負担が増すが、そんなことに構っていられない。時間経過がそのまま危険性の増加に繋がる以上、無理をするなと言う方が無理だ。


『神田川さんがいるのは、滝へと向かう観光客用の駐車場付近。嘉多蔵亜里沙ちゃんはそこから東の方向。心苦しいけど、優先すべきはどちらか、分かってるよね?』


 言われなくとも。


「ええ、もちろん。嘉多蔵亜里沙ちゃん救出に全力を挙げます」

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