それぞれの世界

第50話*それぞれの道①*

 李華は宣言通り帰っていった。

 そして私は戻ることなく、実質残り六ヶ月をここで過ごすことに決めたのだった。


 九月に入り文化祭では、今年もサラダの試食を配ることにする。しかし、予定通りと言っていいのかラディッシュは用意できず、トマトでは数が足りなく、パプリカの飾り付けでごまかすことになったのである。

「ほら、何とかなったでしょ?」

 紗綾は胸を張っている。

 どちらにしても、美鈴に連れられた野球部員も大勢来てくれたので、試食はすぐになくなってしまった。

「もうないの? 足りないからって来年は、グラウンドまで耕すなんてことしないでよ」

 美鈴もすっかり溶け込んでいる。

 一方、三年でもクラスが一緒だった美穂に、珍しく頼みごとをされる。それは二日目、渡辺君が来ているからと教室での店番を変わって欲しいというものであった。

「ねえ、菜園部の方、終わった? 実はお願いが。ほら、練習試合のセッティング手伝ったじゃない!」

 練習試合の借りよりも、クラスで行事のたびにおんぶに抱っこな私としては、いい機会かなと思い引き受けることにした。

 そして教室で店番をしながら思う。

 菜園部に新たに二人来ただけではなく、美穂や美鈴もいる。紗綾は平気だったんだ、今までも、これからも。

 救われていたのは私だったのね。

 李華も向こうで、そういう仲間に出会えているといいのだけど。


             §§§§§§


 あんまり眠れなかったけど、さすがに初日から遅刻って分けにはいかないからな。

 起きて着替えると、仕上げに鏡を見ながら制服のリボンを直す。目の色や髪の色に違和感があるんだよな。ちょっと写し世になじみすぎたか。

「お母さん行ってきます」

 そして学校の門を潜ると、回りは二人三人とくっ付いて歩いている。

 そうだよな。一学期のうちに、いやもっと早い段階で決まってしまうんだよな。

 まあ、人間関係だけじゃなく、学校も本当に向こうと変わらない。違うといえば校舎に時計台があることと、下駄箱がないことぐらいかな。

 この先は、教祖だった小袖の本で読んだとおりに教室で紹介され、休み時間になればちやほや囲まれ、そして聞かれたくないことをズケズケと聞かれる。

 美人エリートが気になるのはわかるけど、やっぱりここも本で書いてあったように逃げ出すべきか? でも、どこに逃げようかな。魔法が使えないとたぶん屋上へは入れない。

 昼休みを迎え、精神耐久力が持つかと心配している時、ドアの向こうから手を振る二人を発見する。

 アビーとエマだ。

 お母さんからこの学校だとは聞いていたけど、私を見つけるの早いな。まあいい、丁度逃げたかったところだ。

 お弁当を持ち出し、二人に連れられて中庭でメシにする。

「助かったぜ。スマホないと、本当に不便だよな」

「「スマホ?」」

 二人揃って疑問系とか。

「リカ、改めておかえりなさい」「お帰り」

「あ、うん。ただいま。アビー、エマ。なんか、二人と同じ学校にいるなんて不思議な気がするよ」

 優秀で人気者の二人と、たまたま天使に選ばれて編入した自分がいることに……。

「そんなことないわよね、エマ?」

「うん。それでリカ、すぐに文化祭があるんだけど、一緒に回ろうよ」

 この後もクラスでは可もなく不可もなくで、誘われるまま三人で行動するようになっていった。


 それは修学旅行も同じであった。

 “二人がいてくれて助かったぜ”

 出発前、部屋で準備をしながらつぶやくともうひとつの準備を思い出したので、レンの部屋の前に行きドア越しに話しかけた。

「レンあのさ」

「なに? お姉ちゃん」

「イチゴの水やり頼むわ」

「ええ。おねえちゃん、自分ひとりでやるからって言って、庭に置かせてもらったくせに」

「修学旅行の間だけだから頼むよ。お土産買ってくるからさ」

 二日程度なのにお土産代は痛いが、背に腹は変えられない。取引を成立させ、約束を取り付けた。

 そして修学旅行が始まる。

 船で移動ということなんだけど、これが問題というか思わぬ方向にいくというか。

「六時間半はなげーよな」

「なんだかリカ、写し世に行ってから口が悪くなったような気がしますけど?」

 風でなびくひらひらな服を着た、お嬢のアビーに指摘される。

 船の中はクラスも関係なく動き回れるわけで、ここでもアビーとエマとつるんで甲板から海を眺めていたのだ。

「そうかな。前からこんな感じだよな? エマ」

「うーん、特に気にしてないから分かんないかな?」

 かな? とか言って、エマのやつ気遣いのつもりかよ。

「本当は二人とも、どうしてあんなやつがって思ってるんだろ? 私だって思うよ。二人の立場なら」

 六時間半も話す話題などあるわけもなく、私は余計なことを言ってしまう。でも、二人と話していると、そんな気がしてならないのだ。

 エマは私の言葉を聞くと鋭い表情になった。それは陸上の時のような鋭さではなく、彼女らしくない冷たい鋭さだった。

「何よその言い方は。当たり前でしょ! 私はアビーと違ってお金も名声もない。陸上は、私に与えられたチャンスだったんだ。地区代表までいったのに実地組に選ばれなかったのは、結果を出せなかったからだって納得したいのに、なんであなたが選ばれたか分からないんだもの」

「わたくしだって。お金や名声の世界で生きる、お父様とお母様にどれだけ失望されたことか。リカはいつもわたくしが“お金持ちでいいよな”なんておっしゃいますけど、それはそれに見合った結果があって当然ということですわ」

「……ごめん」

 写し世に行けることが当たり前のような二人からの言葉に、なんでなんだろうと気軽に言ってしまった自分や自分の家庭環境がおかしかったことを、今始めて本当に実感させられたのだ。

 このときの動揺は、時間と共に落ち着いていき修学旅行の日程はこなしたけれど、二人とのわだかまりは残ったままになってしまった。


             §§§§§§

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