第51話*それぞれの道②*
菜園では、今年も水菜と小松菜の収穫を迎えていた。
当然そうなれば鍋をやろうとなるわけで、小袖の家に集合することになった。
「狭いですね」
六人ではさすがにそうなのだけど、雅の言葉が家の方に聞こえていないか心配になる。こんなときは、李華のマンションでできればなと思わないこともない。
「小袖! お前何やってるんだよ」
紗綾が、ゴマだれとポン酢を混ぜている小袖に驚いている。
「私は、ショウガが欲しいのですが」
瑠奈は他のトッピングを要求している。
「いや、マヨネーズでしょ」
マヨネーズを支持するのは、瑠奈の監視だと言ってついてきた相良さんだ。
「これでいいんですよ部長……微妙だな」
自分でやっておいて小袖ったら。
「ほら、真空も食べなよ」
「ええ紗綾、いただくわ」
きっと李華がまた、変なことを教えたのね。
§§§§§§
十二月になると、ベート様との面会が設けられる。
帰還してからどうですか? って聞く、形ばかりのイベントなんだろうけど、前に呼ばれて写し世から戻ったときも十二月だったよな。年末って忙しいんじゃないのかよ?
それに前は小袖とのことで、今はアビーとエマのことで最悪な気分なのに、こういう時ばかり呼びやがって、嫌がらせかっていうんだよな。
神殿に向う道を歩いていると、反対側からも誰かが歩いてくる。つまり、神殿から出てきたと考えられるわけだが、そのまま進むと互いに会釈もせずすれ違った。私が言うのも変だけど若い。きっと少し先輩の天使なんだろう。
礼拝をするところまで上がれば、ベート様はすぐに話を始めた。
「リカ、こちらでの生活に戻って落ち着きましたか? 学校はどうですか?」
時間を区切り、過去または今天使をやっている連中に順番に会っているんだろう。無駄な話をしたくないのはお互い様のはずだ。
「正直それはわかりません。それより質問させてください」
「なんですか?」
「どうして私が選ばれたんですか?」
本来、一番最初に聞くべき話だったことだ。
どうせ断れない、魔法を使える、天使としてちやほやされる。これらはみんな、やることが前提で理由を当てはめただけだ。関係ないと思っていたことが急に巡ってきたので、どうしてやるのかなんて考えなかった。でも、
「どうしてアビーやエマじゃなかったんですか? なんで、楽がしたいめんどくさがりやの自分だったんですか!!」
「いいだろう。答えよう」
ベート様はいつになく司祭に見える。
「人々は神の支配を受け入れた結果、すべてを決めてくれることが当たり前だと思っている。そんな神への依存だけの自我を持たない、自立できない者だけの世界に必要な存在だったからだ。無論、信仰の篤いアビーやエマのような者がいてくれるからこそ世界は成り立つ。しかし、それだけではだめなのだ。確かにお主は中学時代落ちこぼれで、彼女たちは優秀であった」
「いや、ちょっと。(ひどいこと言われてるよね? でもここは我慢して)だから困ってるんです。選ばれるわけがない私が選ばれて、コネやツテじゃないかと、インチキ野郎と不信感を抱かれて」
「なるほど。自業自得じゃな。だが、エリートコースという代償を得たのだから、責めるばかりもできないだろう?」
「まぁ……」
「その不信感の解決に、お主が写し世に行かされた理由が役に立つかも知れんぞ」
「私が必要な理由ですね?」
「うむ、ふて腐れ立ち止まっているお主だからこそ、回りを見る余裕があるのだ。走り続け周りが見えなくなった者がいたら、違う景色があることを教えてやって欲しい」
時間切れとなり、話は終る。
ここまで持ち上げられたらなぁ……しょうがねぇか。
冬休み前、私はアビーとエマに招待状を手渡す。
クリスマスの日、昼食を兼ねてパーティーをやろうと。
その場で開封した二人は、即OKしてくれる。案の定、夜は家族と過ごすのでと言われたけど、だからこそ乗ってくると思ったわけだ。
その日が来る。
お母さんにお願いして、パスタ料理とピザを用意してもらった。昼だから軽くと思って考えた組み合わせだったんだけど、こっちの世界には宅配ピザがないもんだから意外と大変だったようだ。
そんな華やかなテーブルとは違い、囲む三人の雰囲気は暗い。
「ねえ? 何あれ」
目のやり場に困ったエマが、庭を見ると聞いてきた。
「イチゴだよ。冬のあいだはあんまり動きがないから、寒さ対策に藁を敷いたぐらいかな。葉っぱが育ってくる三月から、花が咲く四月が忙しくなりそう。でね、五月には収穫できるはず」
「そうなのですね。わたくし、農作業なんてやったことありませんわ」
「農作業だなんて、大げさだなアビーは」
「うまくいくといいね」
エマもそう言ってくれる。
「ねえ、二人ともやってみたくなった?」
二人は返事に迷っているようだ。そりゃ、急にやりたいなんて思わないか。
「あのさ、写し世には興味あるだろ? 私が写し世で知ったものは、この前話したスマホと、そこにあるピザの配達、それから菜園なんだよ」
不思議だという顔になった二人が、お互いを見ている。
「前の二つはともかく、春になって一緒にやったら分かるかもな」
…………。
「そうなんだ、写し世って変なところなのね。リカ、修学旅行のときはごめんなさい。リカにはリカのいいところがあるから選ばれたんだよね」
「わたくしも家の事情を持ち出して、お門違いというやつでしたわ」
……。
「もういいじゃねえか。それよりプレゼント交換しようぜ!」
「うん!」「はい!」
で、持ち寄ったプレゼントを回してはみたけれど三人じゃなぁ。
私のプレゼントはアビーに、
「なんですのこれ?」
「鍋敷きと鍋を掴むやつだよ」
「ほー、わたくし料理もしませんから分かりませんわ」
そういやアビーの家は、年越しも海外だとか言ってたよな……。
そんなアビーのプレゼントはエマに、
「ノートとペンのセットだね」
「ええ、学生たるもの、勉強が本分ですわ」
私を狙っていたのか? 危ないところだった。
そして私には、エマからのプレゼントだ。
「本?」
「大丈夫だよ。そんなにかたい本じゃないから」
そうなのか。運動好きだからプロテインでも入ってるんじゃないかと心配してたけど、なにんしてもそれよりはよかった。
このあとは、一足早い雪解けとなり、一年半近く離れていた時間がやっと埋まりだすのであった。
お正月。
家族で家に篭っているうちでは、リビングで餅を食べるぐらいしかやることがない。
「別に旅行になんて行けなくてもいいよな、レン?」
「お姉ちゃん、お父さん泣いちゃうから食べ終わったなら部屋に戻りなよ」
暇を持て余し部屋に戻ると、エマに貰った本を読むことにする。
意外とゆるい物語だな。こんだったらもっと早く読んでおくんだった。そういや小袖から借りてた本、捨てるわけいかないから持ってきちゃったんだよな。どうしようかな……。
そして二月。
今年も鉄板焼き屋行ってるのかな? ソラは今回は送られる側なんだよな。卒業か。
§§§§§§
卒業式。
何も埋まっていない菜園の前では寂しいし、やっぱりそこしかないわよね。
みんなで石畳を歩く。
「ナベも、もう少し勉強できたらなー」
渡辺君とはうまくいっているようだけど、大学が別になってしまい美穂は最近こればかりだ。
「島津、困ったらいつでも呼んでくれ」
「はい! 相良先輩。でも、一人でもやってみせます。そして追いつきます」
瑠奈は、大学まで相良さんを追いかけて行きそうな勢いだ。
「小袖、部長やるんだって? きっとかわいいから新入生いっぱい来るよ。がんばってね」
「はい! 美鈴先輩。花火大会、また一緒に行きましょうね」
大食いコンビは、すっかり打ち解けている。
「真空、ありがとう。一緒にいてあげるつもりで、いつの間にか一緒にいてもらってたんだね。まさか就職するとは思わなかったけど、あそこならいつでも会いに行けるから、笑って卒業できるよ」
「紗綾、私こそありがとう。職場の方は正直、父のコネかな。うるさい人もいるらしいから、めんどくさそうだけど……。これじゃあ李華みたいね。毎日来られても困るけど、たまには遊びにきてよね」
そう言うと紗綾は、満面の笑みを見せてくれる。紗綾の泣き虫が、私に移ってきそうだ。
「はい、はい、はーい! 注目。先輩方よろしいですか? 順番待ちの人に恨まれないよう、一回でお願いしますよ」
カメラを構えた雅の大きな声が注文している。
正門にかけられた“卒業式”の看板を五人で挟む。
後輩たちに見守られながら、写真を撮った。
この五人が並んで一緒に写るなんて、この瞬間まで想像できないことであった。
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