第49話*花火大会*

             ――――――

 あの時、別れを告げて走り出した李華は、部室に寄らず帰ってしまったのだった。

 みんな呆れ果てていたが、李華らしいと笑っていた。

 里見先生は、留学の手続きなどで知っていたそうだ。そりゃそうだよね。

 そして置きっぱなしの荷物は、その日のうちに里見先生がレンタカーで李華の家まで運んでくれた。

 だたそのとき真空先輩が、

「荷物も多いですし、家の場所も知ってますので」

と、手伝いを進んで引き受けたので私は“えっ”と、声が出てしまいそうになった。

「真空なら電車に乗る駅がひとつ増えるだけだし、むしろ駅まで歩かなくていいんだから悪くないんじゃないの」

 部長は、そんな話をしている。

 私はそうじゃなくて、“李華の家を知ってるんだ”と、驚いたんだよね。おかしなことじゃないんだけど、違和感があったからだと思う。

 李華がその後、持って行きそびれたとうもろこしとかぼちゃを取りに来ることはなかったし、菜園で収穫したトマトやきゅうりの分け前を要求しに来ることもやっぱりなかった。

             ――――――


 そんなことを思い出して待っていた。

 花火大会の日、会場最寄り駅はすごい人混みだ。それは毎年のことで分かっていても、みんな違う駅で電車に乗るからここで待ち合わせにしていた。

 約束していた十分前に、部長と真空先輩が揃ってくる。二人とも予想通り浴衣だった。そう思った私も、お母さんに買ってもらった浴衣を着て来ていたし、もう一人にもその予想を伝えておいた。

「小袖、早いね。言ってた友達は、まだ来てないの?」

 部長が言っているのは、この二人との三人組では肩身が狭そうでなので、誘っておいた人のことである。

「来ましたよ、部長」

「お待たせ」

「なっ、なな!」

 怯む部長の前には、浴衣を着たピンチヒッター高峰先輩がいる。

 浴衣を着ればスタイルが分かりづらくなると思ったけど、高峰先輩は体操着じゃなくてもエロい……じゃなかった魅力的で、並んで歩くと比べられそうだ。クラスメートと行くと断られてしまったが、雅ちゃんを誘えなかったことはやはり悔やまれる。

「部長、それじゃあまずは屋台からですね。行きましょう」

 硬直気味の部長をよそに、私は突き進む。

「今年は橋の方から見るんでしょ?」

 真空先輩が部長に確かめると、

「うん、私はそれがいいけど高峰さんもそれでいい?」

「ええ。いいけどあっちだと、座れないわね」

「どっちにしてもこの時間じゃ、座れる場所残ってないかな」

 座れないという部長に、私はアドバイスすることにした。

「それじゃあ、橋の方へ移動する前に、腹ごしらえをしておきましょう」

 ガンガン買い込み、少し離れた場所の石段に座ると袋から取り出した。

 焼きそば、たこ焼き、焼き鳥、いか焼き、デザートに人形焼き。みんな焼かれている。

「誰がこんなに食べるんだよ」

 部長は言うが、高峰先輩は豪快に焼きそばを食べている。

「うん? ごめん。みんなで分けるつもりだった?」

「いや、小袖の分はあるので高峰さん、それ全部食べていいよ」

「それでは焚口さんのお言葉に甘えて。実は、お腹空いてたんだよね」

「真空はどれにする?」

「いか焼きで」

「ほい!」

「ありがとう、紗綾」

 高峰先輩、たこ焼き一緒に食べましょうよ。

「ええ、渋川さん。ところでみんな下の名前で呼び合っているのね?」

「そうですね。菜園部はみんな、下の名前で呼び合ってますよ」

「そっか。ねえ、私のことも下の名前で呼んでよ」

「いいんですか高峰先輩? えっと……ところで」

「美鈴よ。“うつくしいすず”と書いてみすず」

「かわいい名前ですね」

 私は言った直後、やばいと思った。なんてことを先輩に言ってるんだと。

「ありがとう。小袖」

「へへ。すいません、美鈴先輩」

 お礼を言われ照れていると、横から部長が話に入ってくる。

「私もわたしも!!」

「そうね。私たちも“さん”付けはここまでかな」

 真空先輩がそう言うと美鈴先輩は、

「うん、紗綾に真空ね」

と呼びかけ、

「美鈴、これからもよろしくね」

「紗綾共々おねがいね」

と二人は、それに答えた。

「よし紗綾! 食べ終わったし、そろそろ行こっか?」

「うん、美鈴。でもその前に、歯に青ノリついてるよ」

 すると真空先輩が巾着から鏡を取り出し、

「小袖と同じね」

と言う。

 私は、そんなドジっ子ではない。

 ドン! ドン! ドン!

 移動を開始すると花火の打ち上げが始まる。人の波に合わせ、ゆっくり海面も見える橋の方へ進んで行く。ここでうまくポジション取りできないと、背の低い私としては死活問題だ。

 何とか立ち止まれる場所を見つけ四人で見上げれば、ガンガン打ち上がっていく。

「たまや~」

「かぎや~」

 部長と美鈴先輩が叫んでいる。

 聞いたことがあるが、二つとも取られてしまった。

 私は真空先輩の方を見る。

「小袖、何でも叫んどけばいいのよ」

 おお! そうなのか。私は納得する。

「わ! わ! わたあめー」

「なんだよそれ!」

 部長が爆笑している。真空先輩に騙された。

「いいじゃない、可愛くて!」

 そう言うと美鈴先輩が抱きついてくる。

「小袖はわしのものじゃー」

 部長も反対側から抱きついてきて、

「もう」

と真空先輩も、後ろから抱きついてきた。

「わー、重いですーーー」

 こうして花火大会は終わった。

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