第43話*甲子園への道*

 放課後、二年生の三人で草丈が伸びてきた落花生のところの土寄せをしていた。

「李華、トマトの第一陣がもうすぐ収穫できそうだね」

「うん、鳥避けした方がいいかな?」

「心配しないで下さい。これがあります」

 瑠奈が腰につけているポーチからスターターピストルを取り出す。

「いつも持ってるの?」

「当然です。これで、あなたのようにくいしんぼうな鳥を倒すのです」

 私がくいしんぼうだなんて、瑠奈はどこで聞いたのだろう?

「それにしても、どうして今年は平日なんだろ」

 私が嘆いているのは、今日やっている甲子園予選第一回戦のことである。

「そんなに応援へ行きたかったのかよ? まっ、勝てば二回戦は日曜に当たるみたいだからそしたらいけるな。勝てばだけど」

 李華は意地が悪い。

「おーい」

 地蔵裏に行ってた部長がうれしそうに声を上げ、真空先輩と雅ちゃんを連れて一緒に戻ってくる。

「美穂からメールきて、勝ったってさ」

 おお! 一回戦、突破だ。

 うん? 李華複雑な表情して、日曜の応援に誘われたくないのかな?

「そっか。じゃあ二回戦はみんなで応援に行くのか?」

「そのつもりだけど李華、用事あった?」

 部長に聞かれた李華は、

「いや、ないよ。行くよ」

と答える。さっきの表情は、なんだったんだろう。

 こっちの作業も終わり、予定は後で部長が教えてくれることになった。


 試合当日。

 集合場所に行くと、竹内先輩もいる。

 後は雅ちゃんだけだなと思い待っていると、竹内先輩が部長におかしなことを言う。

「どっちのスタンドへ行こうか迷っちゃうよ」

 スタンドへ行くのに迷うのではなく、どっちへ行くかで迷うの?

 くじ運がないのか、まだ二回戦だというのに今年も白山北高校と当たってしまっていた。確かに、練習試合を取り持った立場として相手の応援もしたいのは分かるけど……しょうがないよね。

「やっぱりな。私を飛ばして話がどんどん進んでるから、不思議には思ってたんだよ。私服だから向こうの生徒にはバレないだろうけど、そしたら明日から学校へ行けないぞ」

 部長? まさかそれって!

「竹内先輩、ひょっとして……」

「そうだよ小袖ちゃん。黙っているつもりはなかったんだけど、大会終わってからの方がいいかなって思って。対戦相手校の生徒と付き合ってるなんて感じ悪いだろうし」

 ガーーーン!

 やっぱりそうなんだ。竹内先輩、渡辺さんと付き合ってるんだ……。

 負けた……、私は戦わずして負けたのだ。

 そして、野球の方も負けてしまう。

 健闘した城見坂野球部のみんなは悔しいだろう。

 健闘しなかった私ですら悔しいのだから。


 後日、私は無念のままなんとなく屋上へ向う。

 すると、ドアの鍵が壊れているのだ。

 誘われるように入れば、食堂の向こうに見える球場をフェンス越しに眺め、ため息をつく。

「「はぁー」」

 何故か、ため息がハモル。

 音の方へ振り向くと、相手も驚いてこちらへ振り向いたようだ。

 目が合う。

「高峰先輩?」

 止る二人に、風がそよぐ。

「渋川さん、どうしてここへ?」

「すいません。鍵が壊れていたので、つい入ってしまって」

「いいのよ。いえ、いいのよは変よね。私も黙って入ったのだから」

「え?」

「あなたも菜園部なら聞いてるかな? 私、栗山のことが好きだったの。この前負けて、私たち三年はここまで。だから告白したんだけど、やっぱりダメだった。告らなきゃ、よかったかな。結果、分かってたんだから」

「そんなことないと思います! 言うこともできなかった私が言うんだから間違いないです」

 少し不思議そうな顔をしたあと、高峰先輩は私の話を聞かせてほしいという。

 私は話した。ただ見ていることしかできなくて、しかも他校でそれすら数回しかかなわなかったことを。

 高峰先輩はただうなずいて聞いていた。

 私の気持ちは、この夏の空のように晴れた。こんな空、文字で見たことしかなかったな。

「ねえ、渋川さん。菜園部の合宿の時、水やりが必要なんでしょ? 栗山に頼めばいいよ」

 高峰先輩はそう言って笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る