第36話*真空の訪問*
「おじゃまします」
玄関からリビングに進む。
「小袖から聞いてはいたけど、贅沢極まりないわね」
私が李華の家に来ることになった理由は、部室で二日ほど休むと話をしたときから始まっていた。
その休みは、来年度からどうするのかをベート様と話すために取ったものであったが、李華はこれに気がついていたから用事があると言って、三送会の下見へは行かなかったのだ。そして彼女は、学校をサボってまでゲートに張り付き私を待っていた。
――――――
「あなた学校は?」
「サボったに決まってるだろ」
「それで何してるの?」
「真空先輩、戻ってきたら向こうでの話、聞かせてくれないか?」
「それをわざわざ言いに来たのね」
「ああ、だから断るのは無しだぜ」
「いいわ。聞かせてあげる。戻れたらだけどね」
――――――
ピンポーン。
呼び鈴がなり、李華が出るとすぐにリビングに戻ってくる。
「ほら、食べるだろ」
「私はどちらでも」
「つれないこと言うなよ。腹が減っては戦ができぬって言うだろ?」
「何と戦うかは知らないけれど、あなたは魔法の使い過ぎでお腹が減るんじゃないの?」
わざわざピザを注文しておくなんて、変なところで気を回すのね。
「まあ、それはいいや。それで早速質問なんだけどいいかな?」
「ええ、何を話したらいいのか分からないから、そちらから聞いてくれると助かるわ」
大きなコップに麦茶を注いでくれると李華は質問を始めた。
「最初の最初にベートから、こちらの世界で信仰を集めるようにと言われたんだけどさ、やる気なかったから何も聞かないで来ちゃったんだよね。でさ、そもそも信仰を集めるってどうゆうこと?」
「いい質問ね」
「バカにしてる?」
「違うわよ。よく考えてみなさい。私たちみたいな高等教育部普通科に進むような者が、本気でそんなことができると司祭様たちは考えているのかしら?」
「それじゃあ最初からできないと知ってて実地をやってるってこと?」
「恐らくね。あなた、信仰を集めるために魔法を使っているでしょ? どうして?」
「そりゃ、願い事をしてくるから、かなえてやってるに決まってるだろ」
「でも願いをかなえたら、問題が解決してしまうわ。それではもう神に祈る必要はない」
「そんなことないよ。かなえてくれて『ありがとう!!』て、なるだろ?」
「それはそうかもしれないけど、誰に『ありがとう』て、言うの? あなたは隠れて魔法を使っているのよ。あなたが魔法を使ったことも、その力がどこからきているのかも誰も気がつかない。これでは信仰すべき対象が分からないわ」
李華は掴みどころがない話に興奮してきたようだ。
「それじゃあ目の前に出て、髪を赤く光らせて願いをかなえればいいのか?」
「あなたにそれができる? 魔法は写し世にはない特別な力だけど、もし何百何千もの人が押しかけてきたり、銃で撃たれたりしたら、それを防いだりはできないわ。特別な力がありますと、表に出すことがどれだけ危険か分かっているはずよ。この世界ではそれを魔女狩りに例えるけれど、そんな経験がない子供でも特別がイジメや差別につながればどうなるか想像がつく。だから魔法は隠れてしか使えないと、教えられなくても気がついているのよ」
「そんな……。じゃあ信仰は集まらない。帰れないって事か?」
李華は落ち着いたというより、矛盾して成り立たないことに力が抜けてしまったらしい。
「それで真空先輩は、魔法を使わないのか?」
「違うかな。そもそも魔法と信仰は一体ではないから、それだけでは魔法を使わない理由にはならない」
「へぇ?」
「魔法を使わなくても信仰を集めればいいってことよ」
「そっか! そうだよな。でもそれならなんで、賢い真空先輩が集め終わってないんだよ?」
………………。
「李華、間違っているかもしれないから、それを分かって聞いて欲しい」
「うん」
「たぶん信仰を集めるということは、願いをかなえることじゃなくて、願いを集めることなんだと思う。回りと比べて、あいつより足が速くなりたい、勉強ができるようになりたい、少なくとも急いで集めるならそんな思いを集めないとダメだと思う」
「なんだよそれ?」
「別にこの思いは、おかしいことでも、間違ったことでもない。でも、私には作れない」
李華は不機嫌だ。
「当たり前だ。私だって、わざわざそんなもの作ろうと思わない」
「李華、何であなたが実地組に選ばれたか分かる?」
「分からない。だって私も最初に聞いたときは、間違いじゃないかと思ったぐらいだからな」
「そうなのね……。もし、私の推測が当たっているなら、魔法でこの豪華なマンション買わせたり、テストでいい成績を取らせたりさせて、写し世の人の願いを煽ることが目的ではないかと思うの」
「つまり、バカだから乗せられると思って指名したってことか? それで自分がバカなのは否定しないけど、それだと真空先輩は何で実地組なんだよ?」
「私はそのことを知っているから写し世に行かせられたのだと思う。父は下っ端だけど、司祭だから。神託やそれを受け取る本部の司祭のことを随分嫌っているのよ」
「ふーん。平凡な家庭の私には、ありえない話だな」
「でも李華、さっきも言ったけど推測の部分もかなりあるし、間違った解釈かもしれないから心に少し留めておいてくれればいいかなと思うの。信仰を集めるのに無理をしてはいけないわ」
「ああ、分かったよ。ありがとう」
李華が素直で驚いてしまう。
「それで個人的な話も聞きたいんだけど、真空先輩は戻らないの?」
「ええ、このままこちらの学校を卒業するつもり」
「でも、こっちで卒業しても向こうじゃ高等教育部を卒業したことにはならないだろ?」
「そうね。だからあなたは、適当なところで戻りなさい」
「私はもちろんチャンスがあれば戻るよ。実地組からの編入ならエリートコース確定みたいなもんで、ちやほやされること間違いなしだからな。でも本当にいいのか? 今戻らないと編入の道はないんだぜ」
「大丈夫よ。私はどちらの世界でも、大学なんてすぐに行けるのだから」
「そうでしたよねっと!」
余裕を見せると李華にからかわれる。こんなこともあるのね。
そしてピザは、なくなっていた。
私は、春休みの初めに全てを話せて正直スッとしたのだった。
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