第37話*部員求む*
四月に入ると地蔵裏では、ポットマリーゴールドに続きジャーマンカモミールの花も咲き誇り、レモンバームの葉ももうすぐ収穫できそうな状況であった。
ところで今日来たのは、水やりのためではない。
そう! 入学式だからだ。部長として新入生の勧誘という負けられない戦いのために来たのである。
入学式は体育館でやるから正門から入って来た新入生は石畳を進み、中央校舎と南校舎の間を抜けて行く。なので、石畳の開けた場所よりも新入生の待ち伏せがしやすい校舎の間が、勧誘するのに人気のポイントになっていた。そのためそこは、他の部と激しい場所取り競争が発生する場でもあった。
私たち四人も、三十枚ほど用意しておいたビラを持ってそこへ向うのだが、多勢に無勢を相手に場所取りで負けてしまう。仕方なく、愚痴をこぼしながら石畳の道をウロウロして獲物を探すことにした。
「グラウンドを使う陸上部みたいに、体育館と接している場所で活動していれば直接見てもらえるんだけどな。菜園は北校舎の遥か向こうだし、連れて案内するにしてもあんな奥までじゃたぶん新入生にビビられるよな」
私の言葉に李華がうなずく。
「部長、怖そうですしね。カツアゲでもされるんじゃないかと思われますよ」
「なんだと、李華~。それじゃあ、お前からだ。喰らえ! 部長キック!!」
「ギャー! お、おのれー。これが、大根足キックなのか!」
真空が関係者じゃないですよとばかりに、少しずつ離れて行ってるのが分かる。
一方の小袖は、喜んで拍手をしている。
パチパチパチパチ!
そして……。
パチパチパチパチ!!
別の方向からも拍手が聞こえる。
「面白いです!」
その声は小袖と背丈が同じぐらいで、短い髪なのにツインテールにしていてその尻尾が垂れきっていない新入生のものだった。
「どうぞ!」
小袖は用意していたビラをすかさず差し出す。
「必ずいきますね! 演劇部ですよね?」
「はい!」
小袖が返事をすると、ビラを受け取った彼女は母親に呼ばれ体育館の方へ行ってしまった。
いつの間にか戻っていた真空が指摘する。
「ちょっと小袖。いま、演劇部かと聞かれて『はい!』って、答えてなかった?」
「すいません……。勢いで返事しちゃって」
小袖が申し訳なさそうにしている。
「そんな話、してたっけ?」
と、李華が私に振るので正直に答える。
「芝居に夢中で気がつかなかったけど、そうだった?」
真空さんはムッとしている。
「えっとー、ほら、新入生次々来るよ。ビラ配らなきゃ」
私がそう言うと小袖と李華も、ビラを通行人に勧めながら真空から離れていく。
何とかビラは受け取ってもらいプリントしたことは無駄にならなかったけど、手応えはその後も皆無であった。
新学期が始まり今度は、幽霊部員を集めなければならない。卒業生五人が抜けた穴はデカイ。
「よう!」
部室で作戦会議中のところへ、ご機嫌な遼子が訪ねてくる。
「やっと活動に目覚めのか?」
「違うよ紗綾」
ふむ。参加してくれないのはガッカリだけど、遼子はすでに幽霊部員だから数ではどっちにしても変わらない。
「三送会で話した恩義を返しに来たわけ」
話に続いて遼子が手招きをすると、黒のロングヘアーの子が現われる。
「始めまして、二-Fの
「始めまして二-Cの渋川小袖です」「同じく二-Dの三浦李華です」
私も始めましてなのはともかく、同じ二年の二人も挨拶をしている。
「こっちが部長の焚口で、そっちが剣崎さん」
遼子がまとめて紹介してくれるけど、真空は“さん”づけなんだ。
「それで遼子、連れてきたってことは入部希望?」
「そういうこと」
「恩義を返すって、新入部員を紹介することだったのね?」
「ただの部員じゃないよ。やる気のある部員をね!」
長い髪だけじゃなくて細身に白い肌、活動するようには見えないけどな?
「何よその顔は?」
疑いの心が顔に出てしまったらしく、遼子に言われてしまう。
「島津、説明してあげなさい」
「はい、相良先輩。私、一年の時もF組だったんで、教室から菜園が見えたんです」
ああ確かに北校舎なら、テニスコートが間にあるけどなんとか見えるかな。
「それで楽しそうに活動しているみなさんを見て入りたいと思ったんです!」
なるほど、それで?
「以上です!」
終わりかよ!
「それは分かったけど、遼子と島津さんはどういう知り合いなの?」
「島津は中学時代、部活で後輩だった。ちなみに科学部だ」
そりゃ焼けないよな。
「ところでうちはみんな下の名前で呼んでるんだけど、島津さんも名前でいいかな? ちなみに私の事は部長と呼びたまえ!」
「はい、部長」
「うむ」
「そんなことは後でいいから、座ってもらいましょ」
真空がパイプ椅子を二つ広げる。
「いやいや、私はもう帰るから」
「相良先輩、ありがとうございました」
瑠奈が丁寧にお礼を言うと、遼子は帰って行く。
そして瑠奈に腰掛けてもらったところで、入部届けを机の上に出そうと鞄を漁ったそのときだった。
「こんにちは」
部室を覗く短いツインテールは、小袖が演劇部だと言って誘った子だ。
「ここが演劇部ですか?」
彼女の問いかけに李華が答える。
「まあ、そんなもんだな」
いや、違う。
「えっと実は、私たちは菜園部なんだよね……」
逃げられたくない気持ちを抑え、私はちゃんと答える。
「すいません、冗談です。ビラに書いてあったので知ってます」
先月まで中学生だった子に、やられてしまったようだ。
「ほんとすいません。でも、入学式のとき楽しそうだったので気になって」
そういうことなのか! なら、入部の可能性があるじゃないか!!
私はスマイルを取り戻す。
「楽しいよ。だから是非、入ってよ。今の時期ならハーブティーが飲めるし、お茶請けも部費で食べられるよ」
「うちらのとき、お茶ばっかりだったよな小袖?」
李華は黙ってろ。
「ハハハ。それに夏になれば菜園部の本領発揮で、トマトにきゅうりも食べられるよ」
「去年はトマトなかったよな小袖?」
ハタきたい、今すぐ李華をハタきたい。
「自分たちで作ったものを食べられるなんて、実感がありそうでいいですね」
お! 李華の戯言にも負けず、いい感触だ。
「でも、力ないし、日に焼けるのも気になるので、私には無理かな」
ピンチだ! 彼女は断りモードに入っている。
私は菜園部の伝統を引き継ぐ者として、最後の手段に出る。
「そんなことないよ。重い物とか持つことないし、帽子や日焼け止めで対策すれば平気だよ。ほら見て! 彼女もこんなに肌が白い」
そう言って、瑠奈を指差した。
瑠奈は明らかに驚いている。
これは危険な賭けであった。何故なら瑠奈からも、まだ契約書にサインをもらっていなかったからである。
「本当だ。肌白いですね」
彼女は考えている。
「他の部も見てからでいいですか?」
「うん、もちろんだよ。放課後なら、大体この部室にいるからいつでも来てよね。そだ、一応名前聞いといていい?」
「はい、一-Bの
「OK、覚えた。私は部長の焚口紗綾です」
「それでは失礼します」
彼女は一礼すると、回りを見渡しながら離れていく。次、見に行く部を考えているのだろう。
「あのー、部長」
「はいはい瑠奈さん、入部届けお願いね」
私は出しそびれていた入部届けを机の上に出す。
「何か私、利用されたような?」
「やだな、人聞きの悪い」
瑠奈は、入部届けを書き終える。
「島津瑠奈さん、菜園部にようこそ!」
私たちは拍手で迎えた。
「そだ、最後に小袖」
「はい部長、何でしょう?」
「二年生から幽霊部員を二人ほど、確保お願いね」
「へぇ?」
「こっちも三年生当たっとくから」
この日はこれで、解散にした。
後日、加瀬雅は部室に訪ねてき入部してくれる。
そして小袖も、ノルマを果たし名義を二人分集めてくるのであった。
私の集めた名義も入れて今年も十人の確保である。これで生徒会対策も万全であった。
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