第35話*発注*
里見先生を廊下で発見したので呼び止める。
「先生。今、暇ですか?」
「暇ってなぁ。いいか焚口、卒業式が終わったら今度は入学式の準備があるから忙しいの」
なんかぼやいているが、気にせず話を続けることにした。
「苗の注文の話なんですけど」
「もう決まってるなら聞いとくよ」
注文する苗の数を考えればこんなに早く伝える必要はないのだろうけど、優菜さんと話せる機会が里見先生にいつ巡ってくるとも限らないので教えておこうと思う。
「メモ書いてきたんで」
“さつまいも8、えだまめ10、トマト6、きゅうり6”
メモを渡すと、それを見た里見先生は少し考えてから話し出す。
「決まったんならこれでもいいんだけど、親父が知り合いの農家に菜園部のことを話したら、栽培用の落花生の種くれるって言われたんだって」
「はぁ」
「種からになるけど、えだまめのところを落花生に変えて挑戦してみたらどうだ?」
「先生は、えだまめじゃなくていいんですか?」
「なんでだよ?」
「ビールのお供に持って帰るじゃないですか」
「何言ってるんだよ焚口。ピーナッツはお供の中でも最強じゃないか」
ふむ、ピーナッツは最強らしい。
それよりもだ。これで、えだまめの苗分のお金浮くよな?
「わっかりました、先生」
私はメモから“えだまめ10”を消して“パプリカ3、赤黄オレンジ各一個”に書き換える。
「苗は全部で二十三本か。中村さんには毎回少なくて悪いがしょうがないな。頼んでおくよ。あと落花生の種は、まく時期が近づいたら親父から送ってもらうから」
「はい。おねがいします」
メモを受け取った里見先生が、職員室の方へ去るのを見届けるとスマホを取り出す。
うーんと、二十リットルサイズで足りるかな。三ついるからな、気持ち小さいけどこれでいっか。
部室に行く。
「紗綾、今日は遅かったわね」
真空がこう言うのも分かる。大体、小袖や李華よりも先に来ているからだ。
「うん、里見先生に苗の注文お願いしてた。それで、えだまめのところなんだけど、先生のパパさんの知り合いから落花生の種がもらえるって話になってそっちにしたから」
「そうなの? それはいいけど種からで平気なの?」
真空が心配するもんだから、ノープロブレムなのにと余裕に構えながらスマホでちょちょっと調べてみる。
「気温が上がらないと成長しない。五月頃、直まきで大丈夫。種から収穫まで、およそ五ヶ月だって」
「待ってよ、紗綾。それだと収穫が文化祭までに間に合うか分からないし、場所が空かないからラディッシュが作れないんじゃない?」
まずい。非常にまずい。
「ちょっと待って、調べる」
もちろん、落花生を調べ直してもしょうがない。
「ラディッシュがなくても平気。パプリカがあるから! うまくいけば七月から十月いっぱいまで取れるかも」
私は問題解決と、自信たっぷりなところを見せた。
だが、今まで寝ぼけ眼だった李華のスイッチが入る。
「ちょっと部長! トマトは?」
「大丈夫だって。そっちも頼んであるから」
「ええ? だって両方ナス科だろ。どうするんだよ?」
「だから植木鉢型のプランターを頼んでおいたから、へ・い・き! 今年度の部費もこれで、使いきり!」
「ホント、紗綾は行動力あるわよね」
真空は呆れている。
「でもさぁ」
「何よ李華、まだあるの?」
「プランター置いてる場所、野球部から丸見えだから派手にやるとまた揉めたりしないかな?」
菜園から一段低いお地蔵さんのところは、球場からも野球部の部室からも丸見えだ。去年の事を考えると、ここは李華の言う通りでリスキーである。こちらから挨拶に行っておくべきだろうけど、どうしようかな……。
「真空ざーん、どうじましょう」
私はとうとうギブアップして、真空に泣きを入れるのであった。
真空と美穂に連れられて、白山北高校の正門で渡辺とやらを待ち伏せしていた。背の高い二人に挟まれると、私も可愛く見えるに違いない。だけど、正門で待ち伏せとか超はずかしいんですけど。
「渡辺君」
「剣崎さん、僕を待ってたんですか?」
なんだろう。こいつも真空推しなんだろうか。
すぐに真空に紹介してもらい用件を切り出す。
「うちの野球部と、練習試合してくれないかな?」
つまり、白山北高校野球部をうちの野球部に練習試合の相手として紹介し、『あいだを取り持った菜園部はいいやつだね作戦』と、いうわけだ。
「そういうことか。それなら監督に話しておくよ。もうすぐ練習試合解禁だから近い日程は予定で埋まってるけど、少し待ってくれればできると思うよ」
話が終わり渡辺君は帰って行く。ちょっと詐欺ぽかったかな。
「ってことで美穂、うちの野球部への根回しお願いね。睨まれている私たちは動けないので」
「はぁ、人使い荒いな」
後は返事を待つだけである。
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