第34話*三送会*

“土曜の午後・部室に集合”

 小袖と一緒に部室へ行きドアを開けると、三年生が五人、二年生が部長と真空先輩ともう一人で三人、そしていま来た私たち一年の二人で、菜園部員全員となる十人が揃うのであった。

 しおりに書いてある時間に誰も遅れないなんて、どんなやつらかと思ったけど真面目なやつばっかりなんだな。

 ビリになった私と小袖は、人とプランターで満員の部室には入らずドアを押さえるようにして立ち、そしてそこから先輩たちに囲まれてうれしそうな部長を見ていた。

「揃ったか? 行くぞ」

 里見先生の引率で、鉄板焼き屋を目指す。

 電車に揺られて三十分。

 “十人ゾロゾロと迷惑をかけていますが土曜のお昼なので許してください”

「ここか。どう見ても鉄板焼き屋だな」

「そうだね、李華」

 店に入ると、仕切りのある半個室に案内される。四人で鉄板一枚、先生のところだけ三人だ。

「一人一個、お好み焼きかもんじゃ頼んでいいよ。あとジュースもね。先生、ビールはダメですよ」

「うるさい、焚口」

「あとは適当にこちらでまとめて頼むので」

 部長の話が終わり、もんじゃが食べてみたい私は頼もうとするのだが、横の小袖がメニューを引いて止める。

市居いちい先輩、鈴村すずむら先輩、どうしますか?」

 小袖は、前にいる先輩二人に先に選ばせろと言いたいらしい。

「どうする? 鈴村」

「シェアして食べるんでいいよね? 渋川さんも三浦さんも」

「はい、もちろんです」「うん、はい」

 他にもサラダやじゃがバター、ウインナーなんかも運ばれてきてテーブルに置き場がない。

「ガンガン焼いて、器を返すのだ!」

 部長はそう言うけど、いっぺんに焼きあがったって知らないからな。

 右のテーブルでは、部長と真空先輩が辻元つじもと先輩と田中たなか先輩と話しているし、左のテーブルでは、秦野はだの先輩と二年の相良先輩が里見先生と一緒だ。

「小袖ヘタだなー、土手が決壊してるぞ。明太子が泳いで逃げるだろ」

「うるさいな李華。明太子は泳がないから」

 目の前で先輩たちが爆笑している。

 なんだろ。もっと早く、話すことができたんじゃないかなと考えてしまう。

「遼子! 遼子!」

 部長が私たちのテーブルを挟んで叫んでいる。まるで酔っ払いだ。

「なんだよ、紗綾」

「部活、来る気になった?」

「行かないよ」

「えー、辻元先輩からも言ってやってくださいよ」

「困ったな。私も行ってなかったし」

 先輩たちが揃ってうなずいている。こりゃダメだ。

「でも紗綾、一宿一飯の恩義は返せると思うよ」

「いや遼子、宿は貸さないから」

 それもそうだし、助成など大した事はない。


 お腹も膨れ、一息つく。

「それでは、私たちから」

 部長がそう言うと相良先輩ももちろん加わり、感謝の手紙を後輩五人から目の前の先輩五人にそれぞれ渡す。

「「「「「ありがとう!」」」」」

「それじゃあ、卒業生を代表して部長へ」

 辻元先輩が、部長に大き目の封筒を渡す。

 封筒を開けると寄せ書きが入っていた。

「部室に飾っておきます」

「焚口部長、もう一個の方だよ」

「へぇ?」

 部長は封筒から二枚の書類のような紙を取り出し、見て目を潤ませ鼻をすする。

「今まで手伝えなかったから」

 辻元先輩が言う。

 先輩たちが用意してくれたものは、地蔵裏にプランターを置くことを認める学校の書類と生徒会の書類であった。

「せんぱい……」

「里見先生から聞いたんだよ。だから私たち三年でやろうと決めたの。もちろん先生も手伝ってくれたけどね」

 振り向けば小袖は号泣だ。

 こうして、私にとって始めてで、たぶん楽しかった三送会は終わる。

 店を出たこの後は、家族と合流予定の人などもいるということで、解散という形で三年生はいなくなってしまった。


「三年生は卒業に向けて忙しいからね」

 部長の言うように、いつもの四人と相良先輩だけでは帰るしかないかなと駅に向い歩き出したとき、あれは……。

 暗く狭い路地に目が行くと、紺のブレザーの制服を着た青年が、私服の青年四人組に絡まれていた。

 間違いない。このシチュエーション、教祖さまの本で読んだことがある。

 だが、少し違うような……。囲まれている青年は気が弱そうではないし、囲んでいる側にもリーゼントやスキンヘッドがいない。

 まあいい、ポイントを稼ぐチャンスだ。

 他の四人は気がついていないのか、そのままお喋りを続け駅への足を止めない。

「あ! ごめん。先に行ってて」

「何、李華。またトイレ?」

「いや、部長、違うから。お店に忘れ物したみたいだから取ってくる。みんなは先に、駅まで行っててよ」

「私も一緒に行くよ」

 げっ! 小袖が付き合うと言い出す。はっきり言ってジャマだ。

 困った私は真空先輩の方を向きまぶたを必死に動かすと、天使eyeだとばかりに念を送る。

 真空先輩は、睨むような目つきでこちらを見返すが首をかしげている。意味不明だと言いたいらしい。

「あなたたち二人で行かせて戻って来ないのも困るから、私もいくわ。紗綾、相良さんと先に行ってて」

「そう? ほいじゃあそうするね。ほんと、李華はしょうがないな」

 私のすばらしさに気がつかない部長はともかく、真空先輩は気がついたのだろうか?

 店に引き返しながら作戦を考える。

 そろそろかな。ポケットに手を突っ込む。

「あれ、あった。なんだ、持ってたよ」

「うん? 李華、忘れてなかったの?」

「そうみたいだな小袖。あれだな、うっかりさんってやつだ」

 小袖が苦笑いをしているなか、駅の方へと体の向きを変える。

 さっきの路地まではすぐなのに、立ち位置が前と同じなんだよな。こっちからなら二人越しに青年が見えるけど、このままではまた二人の視界に入らない。

 仕方ねえ!

「おっと!」

 私は何も無いところでつまずき真空先輩を路地の方へ押す。狙い通り体勢を崩した真空先輩は、フラフラと路地へ体が進んで行った。

 制服の青年も、囲んでいる青年も、真空先輩とそれに隠れる小袖の方を一斉に見る。

 鋭い目つきで凛としている真空先輩と、動揺して半べそな小袖の顔が見えるような気がする。

 気がするというのは、私は通りの看板に隠れて路地を覗いているだけなので、二人の顔が見えないからだ。

 何にしても二人は安全だ。ここ一番は私が魔法で助けるのだから。

 囲んでいた四人の青年は、制服の青年にガンを飛ばしながら通りに出てくると、私の横を通り過ぎて行った。

 四人の青年が離れたところを見計らい、私も路地に入る。

「いやぁ、変なやつらだったな」

「あれ、李華。どこへ行ってたの? 大変だったんだから」

 大変って、小袖もオーバーだな。

「ありがとうございます」

 制服の青年がお礼を言っている。

「大した事ないよ」

「もう、なんでいなかった李華が言うの!」

 小袖も細かいな。

「その制服、白山北高校よね?」

 真空先輩が尋ねる。

「はい、二年の渡辺わたなべっていいます。あいつら中学校の時の知り合いなんですけど、俺が野球部で手を出せないのを知ってて」

「そうなんだ。私は城見坂二年の剣崎です」

「一年の渋川です」

「同じく三浦でーす」

「えっ、剣崎さん、同い年に見えないですね」

 こいつも真空推しかと思いながら、無駄に知識のある真空先輩に聞いてみる。

「真空先輩、よく制服で学校分かりますね」

「別に詳しい訳じゃないわよ。夏の予選大会初戦であたったから覚えていただけ」

 うん? うん! やべ。こいつ、エラー君じゃないか。それは私のせいなんだけど。

「せせせせ、先輩、真空先輩。部長が待ってますよ。早く駅にいかないと」

「どうかしたの? 李華」

「いえ、あの四人組、もういないみたいだし、大丈夫ですよ」

「そうね。それじゃあ、気をつけてね」

 罪な真空先輩はともかく、小袖もうれしそうに手を振ると渡辺選手と別れた。

 そして駅に着けば、部長に遅いと怒られるのであった。


 三月、卒業式。

 式が終わると三年生は部室に来てくれる。

 今度はプランターのない部屋で部長は囲まれ、そして私たちもその輪に入った。

「部長、笑いながら泣いてるよ」

「だってー」

 私たちは十人で集合写真を撮る。そして部室には静けさが戻るのであった。

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