第5話*ハーブティー*

 翌日放課後、廊下で李華が教室から出てくるのを待ってみる。慣れていない部室には、できれば一人で行きたくないな、なんて、思ったりもしていたからである。

「あれ、小袖。私を待ってたの? なんか掃除当番とかいうので時間かかってさ」

 何だろう? 掃除当番とかって珍しいものではないと思うのだけどひょっとして、李華って帰国子女なのかな?

「そうなんだ、へぇ~。それでえっと、荷物全部持った?」

「うん、帰り支度バッチリだよ」

 そう言われると帰る気満々みたいで困るんだけど、先輩たちの昨日の感じだとそれでいいような気もする。


 部室に着くと、すでに部長がいた。

「すいません。遅れました」

 大して遅くはないと思う。でも、何となく謝ってしまう。

「うん? 別に急がなくてもいいよ。あんまり早く来ても鍵閉まってるし」

 部長はそう言うと、部屋の中央にあるテーブルにポットを載せて、そこから延びるコードを壁のコンセントに挿して準備をしている。

「適当に座って待っててよ」

 そのお湯を沸かすためのポット以外に、ガラス製のティーポットとお揃いのカップ四つがすでに用意されていた。

 部室のドアが開く。

「お、来た来た」

「摘んできたわよ」

 剣崎先輩が昨日見た二種類の花を、かごと言いたいがたぶんざるに乗せて部屋に入ってくる。水滴がついているので摘んだ後洗ったのだろう。

「どっちからいくの? 紗綾」

「ポットマリーゴールドからいこっか」

 剣崎先輩は花びらをばらすようにティーポットに入れる。そして部長が、沸かしておいたお湯をそこに入れると蓋をした。

「ちょっと待ってね。蒸らすから」

 四、五分したところでもう出来上がりらしく、ポットに注ぎ、そして一輪浮かせて飾り付けると、私と李華に出してくれる。

「ありがとうございます。金色できれいですね」

 花がオレンジ一色で鮮やかだなと思っていたら、お茶も金色でリッチ感が溢れているではないか。

「ちょっと苦いかな。草っぽい臭いもするし」

 飲み始めると、またもや李華の発言で私はあわあわしてしまう。正直な感想なのだろうが、先輩に入れてもらったのに容赦がない。

「そうだね。ハーブティーは他のハーブと混ぜたり、後は蜂蜜入れたりとか色々やって試してもいいんだけど、最初だからこんな感じだと知ってもらえればいいかなと思って」

 ホッ、やさしい部長でよかったよ。そう思った私は聞いてみることにする。

「あの、カップの数からすると、今日はもう他の人来ないんですかね?」

 今、一瞬、部長の目から強い何かを感じた気が……、気のせいだよね。

「う~ん、来ないかなたぶん。公立の進学校なんて、こんなもんじゃないの? 知らないけど。まあ、問題ないよ。先代から帰宅部の受け入れもやってるし」

「そうなんですね……。じゃあ、大丈夫なんですね」

 何が大丈夫なんだろう、私。

「二人が入ってくれて部員は総勢十人になったからね! 新入生もいて、この数なら予算は大丈夫だよ。それから幽霊部員には、活動レポートという言い訳のための材料を配布してあるんだ。これにより予算が欲しい我々と、部に入っている形にしておきたい彼らの間でギブアンドテイクが成立ってなわけよ」

「はぁ」

 力強い部長の話に引きつっていると剣崎先輩が、

「冷めて苦味が増したんじゃない? そろそろ、ジャーマンカモミールの方も試してみましょうよ」

と、立ち上がる。

「手伝います!」

 そう言って私も、椅子から立ち上がった。

「いいのよ。今日はゲストってことで」

 ティーポットを持った剣崎先輩は、すすぐために部室の外へ出ようとする。

「ああ真空、これの中身も補充してきて」

 そこに部長が、お湯を沸かすためのポットまで渡してしまう。剣崎先輩は小さくため息をつくが、何も言わずに部長からポットを受け取ると出て行く。

 剣崎先輩のことを見た目で怖そうだなと思っていたから、部長の無茶振りに怒るんじゃないかとひやひやしてしまった。けど、思い過ごしだったようだ。


 戻ってきた剣崎先輩からポットを受け取った部長は、コードがつながっている台座にそれを乗せる。そして剣崎先輩は、ティーポットにジャーマンカモミールの花びらを散らしながら入れていた。

「もう紗綾、先にお湯を沸かしておけばいいのに」

「すぐ沸くって、あっと言う間に沸くんだから」

「あ、あ、あ、あ」

「うるさいな。ものの例えだろ」

 私は笑いを堪えるのに必死だった。剣崎先輩もそういうことを言うんだなと。

 そして、あっと言う間に沸いたお湯で、花びらが白いお茶をいれてくれる。

「こっちのは、甘い香りがしますね」

と私が言うと、

「うん、こっちの方が苦くなくていいや」

と今度は、李華も認めるぐらいに飲み易い。

「こういうのって、菜園部らしいくていいよね。李華」

「でも、お茶だけこんなにあってもな。ところで小袖は、何で菜園部にしたんだよ」

 先輩たちの前で突然聞かれ焦るが、やましい事は何もない。

「えっと私は……、いろいろ育ててみたかったし、いろいろ食べられると思ったからなんだけど、ヘッヘ」

「いろいろ食べられないみたいだけどな」

 わわ、こいつなんていうことを言うんだ。

「じゃあ、どうして李華は入ったの?」

「だからさ、あんまりにも必死に祈っている部長を見て」

「何よ」

 ほらほら、さすがに部長も怒ってるよ。どうして李華は、こう挑戦的なんだろう。

「と、と、ところで先輩たちはどうして菜園部に入ったんですか?」

 カバーすべく、全力で方向舵を私は切った。

「私はね、菜園王になろうかと思って」

 ああ部長、確かにそれは舵に関係しているかもしれないけど、どうやって私の思考を読んだんだろう。と、いうか、これはどっちもどっちなのでは。

「冗談はいいです」

 李華が突っ込む。知らなかったな。李華、突っ込みもやるんだ。

「私は、大人の事情」

 剣崎先輩、それは振りですか? 分かりづらいんですが。そう思っていると、李華は恐れを知らない。

「はぁ?」

 疑問系で返すのだ。違う李華! そこはまともに対応してはいけない。たぶんボケだ。

「真空は部活動したくないからこの部に入ったんだけど、大学受験とかで聞かれたときに備えて付き合ってくれてるんだよね」

 なんと、部長の説明からすると、ボケじゃなかったのか。

「そうですよね。確かに受験なんて大人の事情かもしれませんよね」

 ボケじゃないと分かり、格好よく話しに乗っかる私。

「まあね。それよりあなたたち二人も、名前で真空って呼んでくれていいわよ。私もそうさせてもらうし」

「私も私も!」

 激しく手を上げながら繰り返す部長。それで名前で呼んでくれるのは理解できるんだけど、部長は部長のままでいいのだろうか?


 トントン

 おや? 部室のドアをノックする音が。

 他の部員が来たのかと期待したところにドアを開けたのは、おじさんだった。

「おう!」

「知ってるかもしれないけど、二人に紹介するよ。我が菜園部顧問の里見先生、独身です!」

「コラ、焚口、余計なことは言わんでいい」

 この先生が顧問なのか。ボサっと盛り上がった髪はピョコピョコ白い色が混じり、七三で分かれてはいるが雑で耳に掛かっている。黒縁のメガネもひと世代前を感じさせ、独身と聞いても否定できる要素がない。

「どうも、里見です。担当教科は物理です」

「そうそう理科系の先生だけど、あんまり菜園に詳しくないから」

 部長の厳しい横槍が入る。

「それから担任を持ってるんであんまり顔出せないと思うので」

「あんまりと言うか、ほぼ来ないけどね」

「焚口、いちいち話の腰を折らんでいい」

「まあまあ、先生もハーブティー飲みますか?」

 笑顔で友好的に、部長はハーブティーを勧めている。

「いや、すまない。すぐ職員室戻るから」

「そうですか。まあ、カップないんですけどね」

 全く酷い部長である。

 里見先生は呆れると「じゃあガンバッテな」と言って、部室を出て行くのであった。

 部長はその後、何もなかったかのように活動の話に入る。

「ところで連休前にさ、菜園の土づくりしないといけないんだけど、マイ長靴を買っておいて欲しいのよ、水虫になってもいいなら先生のとか予備のがあるにはあるんだけどさ」

 いいわけないので、買わなければならない。そして、部室の入り口にある長靴たちはこうやって増えていったんだなと分かる。

 続けて水やり当番などを決めたが、部長も真空先輩も顔を出してくれるという話なので心配はないようだ。

 こうして今日の活動は終わる。最後に、職員室まで四人一緒に行くと、鍵を借りる場所を教えてもらった。

「ほいじゃあ帰るか」

「お疲れ様でした。私は李華と長靴の相談しますので」

 そう言うと、先に帰って行く部長と真空先輩と別れるのであった。


「ねえ、李華。明日の休み、水やり当番も当たってないから早速長靴買い行こうと思うんだけど、一緒にどうかな?」

「うーんそうだな、いいよ」

「南望沢の駅ビルでいいよね?」

「うん。で、小袖バスで来るんだろ? 降りるところで待ってるよ。あとさ、ついでと言っちゃなんだけど、お願いがあるんだよね」

「なに?」

「宿題っていうのが出ててやっかいなんで、手伝ってくれないかな」

「うん、いいけど」

 う~ん? 宿題って、どこの国でもあるもんじゃないんだな。

「あともうひとつさ」

「うっ、うん」

「起きるのしんどいから午後からにしてくれ」

 何を要求されるかと思ったけど、大したことじゃなくて胸を撫で下ろすのであった。

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