第6話*長靴探しと李華の家*

 次の日。お昼を済ませてから行ったものだから、長靴を買うだけで二時近くになっていた。もうちょい一緒にお店を見て回りたかったけど、宿題の進み具合が気になるから誘うことができない。

「えっと宿題、進んでる?」

「いや、進んでない。うち、こっちだからついてきてよ」

 そんな気はしていたので、キッパリ言われても驚かない。

 そして、歩いて行けていいななんて思いながらついていくと、そのそばから着いてしまうのである。

 駅から近いと聞いてはいたけど、近いというより駅と一体ではないか! それに、このゴージャスな仕様はなんなんだ。超金持ち用のマンションではないか!!

 こっちは新たな発見なので驚く。


「おじゃましまーす」

 玄関を入りリビングに案内されると、やはり間取りも広く高級マンション感が出ている。

「広いね」

 うち、一戸建てなのに……うちの方が狭いかもウルウル。

 でも何か、寂しいんだよな。

「えっと、親御さんに挨拶をした方がいいかな?」

「両親はいないよ」

「へぇ」

「仕事で海外行っちゃってて、弟も一緒に行っちゃったから一人なんだよ」

 ビビッてしまうのでそれを先に言ってくれ。だけど寂しく見えるのはそれが原因ではなく、あまりに物がないので生活感がないからだと思い当たる。

 そのままリビングのテーブルで宿題をやるらしく、李華はペットボトルの麦茶をコップに注いでくれると、自分の部屋へ教材を取りに行ってしまう。

 大きなテレビに高そうなソファーセット。でも、キッチンには食器がほとんどないし、玄関にも靴は李華の分しかなかったからな。

「これなんだけどさー」

 李華は戻ってくると大量のノートを抱えている。全くやっていないようだ。

「ちょっとこれ終わるの?」

「先生には適当に言って時間稼ぎしてあるけど、供給が多すぎて破綻してるな」

 李華よ、立派な言い回しをしている場合ではない。

「じゃあ、ノート持ってきたから写せるのは写しちゃいなよ。それで、ないところだけやろ」

 ずるいとかずるくないとかではなく、そうでもしないと間に合わないのだ。

 筆跡も気にせず、私も手伝うことにする。

「一人なら、大きなテレビでDVDとか見れていいね。私も部屋にテレビあるんだけど超小さいよ」

 いけないと思いつつ、なんとなしに話してしまう。

「そう? そんな見たいもんなんてないけど、小袖は何見るの?」

「それは、フレンドジュニアとかWASH-OUTのPVとか」

「何それ。何、洗うんだよ」

「違うよ。アイドルユニットの名前だよ、ってコテコテなこと言わないでよ」

「いやいや、興味ないから知らないんだって」

「ええー。じゃあ李華は、どんな曲聞いたりするの?」

「西木カナとか、かな」

「ふーん、まあ人気あるよね」

 私も詳しくは知らないけど、本当に李華、聞いてるのかな。

「李華は漫画とかは読むの?」

「漫画? 面白いの?」

「そんなに否定的に言われても困るけど、好みのジャンルの読めば面白いんじゃないかな」

「じゃあ小袖は、どんなジャンルが好きなんだよ?」

「うんと、青春ものがいいな。人が撃たれたり死んだりするのは嫌」

「青春?」

「そう。リアルにはない別世界だと分かっていても憧れるよね」

「小袖は別世界に行きたいのか?」

「もう、いやだな。ちゃんと区別ついてるって。でも、行けるならいきたいよね?」

「そうかなぁ? 別世界なんて、大したことないと思うけど」

 李華は冷めているというか、現実主義者のようだ。

「よしっと、小袖。これで終わったんじゃねぇ?」

「終わったんじゃねぇ、じゃないよ。終わったけど」

「それじゃあ、ピザでも食べる? 注文するけど」

「いや、今食べたら夕飯食べられないよ。ねえ、それより李華の部屋見せてよ」

「ええ、ダメだよ。散らかってるから」

 こんなに他の場所が片付いているのに、李華の部屋だけが荒れているとは思えないけど、来て欲しくないんだろうな。

「しょうがないな、勘弁してあげよう。もう暗くなりそうだし、今日は御暇しようかな。またすぐ来ればいいし」

「そんなすぐ来なくていいよ」

「宿題手伝いに」

「是非来てください!」

 すみやかに手のひらを返す李華は、ゲンキンなやつなのである。

「じゃあね、李華」

「うん、じゃあ学校で」

 マンションゲートにあるカメラたちに監視されつつ、今度来るときは青春漫画でも布教のため持ってくるかなと考えながらバス停に向うのであった。


 土作りをやるために集まった今日も、やっぱり部長と真空先輩、そして李華と私しかいない。

 そんな四人しかいない部室で早速、おニューの長靴に履き替える。

「小袖はピンク、李華はグリーンにしたんだね」

「はい、同じ型の色違いにしました。部長は王道の黒ですね」

「その通りだ小袖く~ん。私はさいえんおうに……」

「はいはい、でも黒って、若さがないですよね」

 今日も李華の突っ込みはきつい。

「そんな事はない! 見てみろ。真空も黒じゃないか!!」

「これ、ネイビーなんだけど」

 真空先輩は、シックなお洒落さんだ。

 ……。

 変な間の後、エプロンと手袋でフル装備をした部長が菜園にある物置の鍵を握り締め、

「よし、行くぞ。我らが菜園に」

と力強い言葉に続き、掴んでいるその手を掲げ気合を入れる……のかと思ったら、

「あ、ごめん、鍬とスコップ誰か持って」

とすぐに、話し方が緩くなる。

 李華と私は顔を見合わせてから、ロッカーと壁の間に立てかけてあったそれをソロりとそれぞれ持つ。柄が長く菜園の物置に入らない鍬と大きなスコップは、部室に置いてあったのだ。


 菜園に着くと、部長の指示で作業が開始される。

「冬の間使ってなかったから鍬で三十センチぐらい掘って、そんで出てきた下の土と上の土とを入れ替えるようにする。その時、その土を砕くように細かくしながらふわっと混ぜる」

 しかし鍬は一本しかなく、聞いてる三人はスコップでやらねばならない。

「そしたらABCDって札のところから真っ直ぐ幅1メートル、高さ10センチぐらいで畝を作るから。“うね”って、あの畑で線上に盛り上がってる列のことね。イメージ的に断面図でいうと、苗を埋める上の部分を平にするから台形っぽいかな。あんまり幅を取ると菜園が狭いんで歩くところなくなっちゃうからさ、大体でいいよ」

 紗綾先輩、いつにも増して部長っぽいな。

「ここでこれの登場だ!」

「何ですか、それは」

 温度計のようなメーターがついていて、下に金属の棒が出ている謎の物を見せびらかす部長に私は聞いた。

「pH測定器だよ。これで土の酸度を測るんだ。ほっておくと雨とかで土が酸性に偏っちゃうから石灰を入れて中性に戻すんだけど、この値で作物の出来が変わるから慎重にやらないとダメなわけよ。あと、石灰と一緒に堆肥も一緒に混ぜちゃうから」

 よく分からなかったけど、数値を見ながら部長と真空先輩が畝にまいてくれるということなので、私と李華は追っかけながら混ぜていくだけだ。

「真空、Bのところだけ半分ね」

「うん、紗綾。分かってる」

「もうちょっとかんばって。元肥を鋤き込むから」

 部長に言われるままもう一巡していると、李華がくたびれている。

「ねぇ部長。さっきのと何が違うの? 一緒に混ぜればいいじゃん」

「う~ん、厳密には区分されていないらしいんだけど、堆肥っていうのは土壌改良っぽい感じの長期的なもので、元肥は即効性がある栄養って感じで分けて使うのよ」

 愚痴りながらの混ぜる作業が終わる。

「ここまできたら後は真空とで出来るから見てていいよ」

 部長に言われるまま休み見ていると、二人でBの列だけ畝を高く盛り始める。

 そして次に、黒いビニールのシートが巻かれた筒を物置から持ってくるとBの上で転がし始めた。

「真空、そっち押さえてて」

「うん」

 畝の上にピッタリかぶせると、風で飛ばないように両サイドを留めている。畑とかで見たことはあるんだけどな、聞いてみるかな。

「部長、それなんですか」

「これをかけることで地中の温度を上げたり、急速な乾燥を防いだりできるんだ。マルチって呼ばれてる」

 効果は予想できたけど、マルチだなんて万能そうな名前だ。

「これで心置きなく連休を満喫できるよ」

 部長は満足そうだ。でも何を植えるんだろうか?

「部長、何を植えるんですか?」

「それは苗がきてからのお楽しみ。ウッヒッヒヒ」

 楽しそうにしている部長を見た李華が、横で小さな声で言った。

「嫌な予感しかしないな」

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