第7話*トマトは嫌い*

 連休明けの放課後、部室にちゃんと来た一年の二人を見て内心ホッとしてしまう。真空と二人だけになってしまったら、さすがの私でもきつい。

「届いた苗、用務員室で預かってもらってるから取りにいこ」

 私がそう言うと、

「ここからが本番ですね」

と、小袖も盛り上がる。


 用務員室で苗を受け取りお礼を言うと、苗の入っている発泡スチロールの箱は二つに分けられていたので、二人一組で持つことにしたのだが、

「部長、重いです」

「っていうか、持ちにくくねぇ?」

と後ろの二人は、文句ばかり言っている。

 私と真空の方は十五本、小袖と李華の方は十四本しか入っていないので、一人で持てないこともないような気もするんだけどな。まあ、軽くもないか。

「水で湿ってるからね。枯らさないためもあるけど、その方が植えるときにポットから外れ易いから都合もいいし、と言うことで、諦めて頑張れー」


 長靴とエプロンをするために部室に寄ったところで小袖に聞かれ、ここで苗の説明をすることにした。

「えっと、札がついてるけど。きゅうり、さつまいも、えだまめ、なすです」

 もちろん李華は、不機嫌そうにして黙っていない。

「部長! なんでこんなんばっかりなんだよ。トマトもイチゴもないじゃないか!」

「それは連作障害っていうのがあって、トマトだと三年から五年、イチゴだと二、三年は間隔をあけないといけないので、同じ所に植えられないからローテーションを考えてあるわけよ」

「いやいや、だから四箇所に分かれてるんでしょ?」

「その通り! さすが李華君、いいところに気がついた。で、なすを植えるとトマトはナス科なんで、植えられない」

「じゃあなんで、なす植えるんだよ」

 私はその質問に、それではと答える。

「敢えて言おう! 私は生のトマトが嫌いだと。そして私の好みで苗を頼んだのだと!!」

 そして今度は声を、一オクターブ上げて明るくしてから続ける。

「ちなみにイチゴは時期じゃないのもあるけど、育てる予定はないでーす」

「ないでーす。じゃ、ないよ」

「まあまあ李華、今度頼む時はトマトにしようね」

 小袖が半切れの李華を慰めている。

「それより苗の数、これだけですか? 少なくないです?」

 続けて小袖が私に聞いてくる。

「あんまり詰めて植えるのもなんだし、苗からなら失敗が少ないから予備は頼んでないんだ。参考までに、なすを種から苗にしようとすると時間的にも八十日かかったりするしね」

「それは結構、大変そうですね」

「だろ。さて、そろそろ菜園行こうか。あっ、そうだ。五月になって紫外線とか多くなってくるから、帽子かぶった方がいいよ。気になるなら日焼け止めとかもね」

「もう、先に言ってくださいよ。今度から持ってこなきゃ」

 小袖の声がめずらしく響くと、四人でまた苗を抱えて菜園へ向った。


「それじゃあ、Aにきゅうり、Dになす植えるから、支柱を立てよう」

 一列、三メートルしかない畑なのだから、実が出来た時の重みに耐えるための備えで横から補強したところで、何本も支柱を使うことはない。

「部長、残りの支柱、しまっていいですか?」

 働き者の小袖だが、まだそれは早い。

「うんや、えだまめはさぁ、鳥とか虫とかの攻撃に備えて寒冷紗かけとくんだけど、上にかぶせるための骨組みとしてループ状に曲げて使うんだよ」

「かんれいしゃ?」

「そそ、この薄い布。寒さ避けとか、強い日差し押さえたりとかのためにあるんだけど、折角自作するなら農薬使いたくないからね。横着だけど、掛けちゃう」

 最後にマルチに穴を開け、さつまいもを植えておしまいだ。

「さつまいもは斜めに埋めると数も取れるし、売ってるいもみたいに長くなるよ」

 十二平米しかないのに、一大事業の感がある。

「紗綾、ミントいけるんじゃないかな」

 苗植えが終わると真空が、下の方が丸くボール型になっているマスタード色のプランターを見て指摘する。それは買い足しながら増えていったため統一感がないプランターの中でも、一番お手軽な雰囲気を出しているプランターであった。しかしミントは、外に溢してしまうとどんどん根を広げて周りの植物を駆逐してしまうので、しっかりプランターに閉じ込めておかなければならないのである。

 ミントを見ると、淵が丸っこく薄い黄緑の葉が若々しい。つまりペパーミントだ。

「そうだね。香りがしっかりしてる初摘みの時期に飲んでおきたいね」

 そうは言っても今日は、もうお茶を作る元気がない。

「じゃあ明日みんなで飲もうか」

「そうね。今日は十分働いたし」

 真空の許可が出たところで片付けに入る。

 水道のところまで行くと、つないだホースで長靴とエプロンに付いた土を洗い流す。そして、ところ狭しと部室に干すのだ。

「鍵は私返しとくから、先に帰っていいよ」

「ええと」

 小袖がまた、遠慮している。

「いいの、いいの。忘れもんしないでね」

「すいません。それじゃあお言葉に甘えて。お疲れ様でした」

「それじゃあ部長、おさきに失礼しまーす」

 帰る二人から久々にここまで聞こえてきた会話は、体が痛いと李華が小袖にぼやいている内容であった。

 戸締りをして、私たちも少し遅れて部室を後にする。

「ねえ、紗綾」

「なに? 真空」

「李華、口は悪いけどなんだかんだ言ってもやってくれるし、悪い子じゃないわよね」

「そうだね。それでなんだけどさ、明日のお茶、ペパーミントだと辛いとかまた李華に怒られそうだからレモンバームも一緒に入れようと思うんだけど」

「そうね。どっちもサッパリしてて近いけど、混ぜた方が飲み易いかも」

「でしょ? でもさ、引き継いだままなんとなくそのままにしてるけど、ペパーミントじゃなくてアップルミントにした方が使い易いのになー、なんて思ったりもしてるんだよね」

 そんな風に、私もぼやきながら真空と二人で帰るのであった。

 約束通り翌日には、小袖と李華にハーブティーの第二段を振舞い一緒に飲んだ。菜園に植えた物への不満がタラタラだった李華も落ちついている。ひょっとして、ハーブティーの効果だろうか?

 こうして暖かくなるにつれて、菜園部も活動が活発になるのであった。

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