第4話*転校生の気分*

 入部届けを書き終えて部室を出た私は、前を歩く三浦さんの横に出た。

「もう、三浦さん。先輩に『それじゃあ』だなんて、そんな話し方したらダメだよ」

 そしてそのまま誘うことを考える。

「それはそれとして三浦さん、一緒に帰ろうよ」

「ああ? うん」

 私は振り向く三浦さんの“ああ”に、ちょっとビックリしたけど、顔を見る限り怒ってはなさそうだ。

「私さ、鞄置きっぱなしだから一度教室に戻るけど、三浦さんもだよね?」

 手ぶらなのだから当たり前の話だったけど、三浦さんは少し考えてから答えた。

「そうだな。ちとトイレ寄ってくから先に下駄箱へ行っててくれよ」

「うん、分かった」

 下駄箱で履き替えると、中央校舎入り口で待つことにする。

「お待たせ。帰ろうぜ」

 正門に向って並んで歩くと、私は三浦さんをちょこちょこ伺うように見てしまうのだけどそれは怖いからではない。

「ねえ三浦さん、B組なんだよね? 全然気がつかなかったな。隣のクラスなのに」

 赤に近い茶色い髪で目立つし可愛いよなぁ。見れば忘れないと思うんだけど。それに話してる感じだと、クラスに引きこもっているタイプとも思えない。

「うん、私も。渋川さんだっけ? の事、気がつかなかった」

 うう。何で“だっけ”とか、つくんだろ。私の影が薄いから? そういえば三浦さん、自分のクラス答えた時もこんなんだったな。記憶力悪いとか……、いやいや、そんな失礼なことを思うなんて、私のバカバカバカ。

 そうだ!

「名前でいいよ。同じ学年なんだし、これから部活一緒にやるんだし」

「ああ、分かったよ。……えっとそれで、下の名前なんだっけ?」

 そうだよね。苗字すら危ういのに、下の名前なんて覚えてないよね。そうだ、そうだ……。

「小袖だよ。“ちいさい”に長袖、半袖の“そで”って書いて、こそで」

「うん、覚えた。じゃあ私も下の名前でいいよ。“すもも”に難しい方の咲いている“はな”で、りか」

「うん、私も覚えたよ。李華、よろしくね」

「はいはい小袖、よろしくね」

 若干投げやりにも聞こえるけど、名前を覚えていないこととかも気にしないで言ってしまうところなんかは臆病な私からすると、うらやましく感じてしまう。

 正門を抜けると、すぐ道路なので聞いておかなければならない。

「李華は電車? 私は自然公園の方だからバスか歩きなんだけど」

 バス停は、学校の前の横断歩道を渡ればすぐなのだ。

「うんと、どっちでもあんまり変わらないんだよね。私の家っていうかマンション、南望沢だから城址本町まで歩いて電車ひと駅乗っても、バスで直接でも」

「いいなー、駅近いの?」

「うん、すぐだけど。ところでその自然公園って、駅の方に行くバス?」

「そうだよ」

「じゃあバスにしよっかなー」

 横断歩道の信号が赤なので待っていると、目の前でバスに行かれてしまう。

「小袖、バスいちゃったな。なんか目の前で行かれるとダメージでかいな」

「そうだね。李華、電車にする?」

「いいよ、話でもして待ってようぜ」

 私は普段、バス停に貼ってあるダイヤを確認して待ちそうならバスに乗らずに歩いてしまうのだけど、李華にそう言われたから待たされているのにウキウキだ。

 設置されたベンチに座ると李華は足を投げ出す。

「李華可愛いのに、そんな姿見せたら男子残念がるよ」

「いいの、いいの」

「それから先輩にあんな口の聞き方してたら、そのうち怒られるよ」

「いいの、いいの。だたちょっと、剣崎先輩は怖そうだったな」

「そうだね。美人だからかな」

「部長は平気、美人じゃないから」

「ええー、そういう意味じゃないよ。焚口先輩だって大きい黒目がクリっとパッチリしてて目力あるし、作業し易いように髪をまとめポニーテールにするところなんて職人魂だし、私を部活に誘ってくれたり……やさしいいんだから」

 見た目の説明から外れていく流れは、明らかにフォローに失敗していた。

「ああ、分かった分かった。性格美人ってことで」

「いや、別に性格だけじゃなくって……」

「ほらほら、バス来たぞ」

 バスに乗り話が切れると、改めて何を話したらいいのか分からない。そしてお客の少ないバスは、ソッコーで家の近くのバス停に差し掛かってしまう。

「次で降りるね」

「近いね。そういえば歩いても来れるって言ってたもんね」

「うん。じゃあ李華、また明日ね」

「うん。バイバーイ」

 バスでも相変わらず力が抜けダラっと座っている李華は、手首をクネクネして適当に手を振って送ってくれる。

 李華を乗せて駅に向うバスを見送り歩き出すと、自分が笑顔だと気づく。

 この時、高校進学のタイミングに合わせて親が引越しをしてくれたとはいえ、中学時代の友達と離れてしまったことに変わりはないと抱えていた不安が消えるのではないかと思えた。

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